[ テーマ: 読書 ]
2012年2月5日23:34:00
岩波新書のコーナーで本を探す。そう読んで置きたい数冊を探している。そんなタイミングで何の予備知識もないままに一冊の岩波新書を購入した。M.クランストン著『自由』岩波新書であって、サブテーマに 哲学的分析とあった。今の私にとって、自由な方向に今の私自身のスタンスを選択した訳であるが、寧ろ『自由』こそが私自身に無駄な動きを課しているのかもしれないと思ったりしている。『自由と束縛』が次にイメージされるが、何に自由であって、何に束縛されているかであろう。この著書を読み終えてどんな考え方を納得できるのかも何ら予想できない。
ここ最近、私の手元には興味深いいろんな分野の本が集まった。図書館から借りている本を優先的に読んでいかねばならないが、読めなかったら書き留めていたら、それでも仕方ないことである。トル・ゴタス著『なぜ人は走るのか』筑摩書房が、日経新聞に書評が掲載されていた。ランニングの魅力とその魅力にと、「古今東西、走り続けてきた人類の記録をたどり、人間にとって『走る』ことの意味と魅力に迫る」とあった。この本も、週刊文春の書評に数週間前に載っていた。
ダニエル・コーエン著『迷走する資本主義』神泉社は、朝日新聞のオピニオンで紹介されていたフランス経済の左翼的経済学者である。こんなバタバタな日々の中で、どこまで私自身の脳裏に留めて置けるか不明であるが、私のささやかな束縛されない自由の中で時間が経過する。TBSドラマ『運命の人』を観ながらこうしてパソコンに向って日曜日の夜を過ごす。
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2012年1月30日09:15:00
BS-TBS『吉田類の酒場放浪記』、つくねを生のピーマンに挟んで食べる深川の飲み屋の料理とそこのおかみさんが紹介されていた。偶然に観ることのできた番組であった。朝日新聞の13面インタビュー・オピニオンと社説を持って浴槽に浸かる。1月18日は、有意義な記事であった。この一面が、すべて興味深い記事であることは、めったにないことである。メインが、ダニエル・コーエンさん『経済という麻薬』、そして、リレーおぴにおん『酒場詩人 吉田類』で紹介されていた。そんなテレビ番組を予約する。土曜日の午前中、『食彩の王国』も、同様である。私は、お笑い芸人が数人で食べ歩く番組は観ない。雰囲気それにテンポがまったく私をしっくりさせてくれない。月曜日は、『鶴餅の家族に乾杯』は、森山良子さんである。あまりたくさん溜まってしまうと家族からブーイングとなる。由紀さおりさん、それに、森山良子さんも頑張っている。
そして、CM天気図 天野祐吉のコラムであった。これが神宮ACにとって、また、ほのぼのとした話題となった。この朝日新聞の中の一面で箱根駅伝のコマーシャルを話題にしている。幹事会の時に、Nさんが切り抜きしていた新聞記事を見せてくれた。私にとってダニエル・コーエンを記憶しておこうと残しておいた新聞が、こんな感じで発展するものであった。そう、コマーシャルも文化を分析するバロメータである、『食彩の王国』で東京ガスのCMも癒やしを感じさせてくれる。
そう、私の周辺に新聞を否定する友人もいるが、私にとってまだまだ新聞が情報源であって、いろんなことを気付かせてくれる。先週号の週刊文春の書評欄に、トル・ゴスタ著『なぜ人は 走るのか』筑摩書房が紹介されていた。去年の暮れに出版された著書で、書評に後押しされて図書館に登録すると数日で手許に届いた。副題 ランニングの人類史を電車の中で読み始めた。
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2012年1月6日23:18:00
『馬鹿も利口も命はひとつ』こんなにメモが残っていた。私は時々こんなメモをこのスマートフォンに残したりする。何だったけ、とスマートフォンで検索すると、青春の門筑豊編 塙竜五郎が言った場面で紹介されている。ああそうだ、BSTBSでやっていたっけ。そうだ、続きを観るはずだった。と、いろんなことが動いていて、すっかり忘れてしまっていた。私にとって青春の門は、読書の世界を広げて行った一コマであった。
寝付かれない夜中があったが、そんな時には、徹底的に我慢せず、気にしないで読書に時間を費やす。おかげで、ロナルド・ドーア著『金融が乗っ取る世界経済』中公新書は、だいぶ先に進んだ。当然、そのリバウンドは明白に現れて、赤羽から池袋での挨拶が終わった昼前には、少し寒さも加わっているのに朦朧としている。夕方、葛西での打ち合わせを「神宮前でこれから如何ですか。」と、連絡して昼食をご馳走になってのW社長との打ち合わせとなった。仕事の話題は10分足らずで終わって、その後はいろんな話題で心を和ませてくれる。暮れから仕事がバタバタで、今日も夜には大阪ですと、将に躍動感に溢れている。そう、高齢であることを意識できていないところが欠点ですね、とふたりして微笑んでいる。
そんな時間の繰り上げは、Nさんとの丸の内地下でのふたりでの新年会となった。東京オリンピックの生まれのNさんは、やっぱりバランス感覚の整った私にとって大切な知恵袋のひとりである。朝、出掛けに「お父さん、携帯忘れているよ。」と、洗面所で充電していた携帯電話を忘れていた。そんな仕草は、次に持って出掛けようとしていた新書に抜き取った新聞とを玄関先に置き忘れていた。家の中の安堵感が緩みを与える。さあ、私の時間軸を進めていかなくちゃあいけない。仕事上では、いろんな箇所での現状を、私自身ができ得るスタイルで提示して、そう進展すべき『見える化』を、そして的確な『イシュー』を示して次のステージを見据えていかなくちゃあいけない。さあ、追い込まれることなく、前倒しに、ひとつ、ひとつである。
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2011年12月7日23:24:00
『ならぬことはならぬことなのです。』私は、少し前から、ふと気づいたことをポケットのレシートにメモするようになっていた。しかし、残念なががら、そのことは殆ど上手に利用されることはなかった。そして、そんなメモは、この携帯電話にも残すようになった。そんな中に、『ならぬことは・・・・』がメモされていた。いつか、会津出身のSさんから、この内容の世界である『什(じゅう)の掟』について、レクチャーを受けようとメモしてあった。
我が家でも、今更にこんなルールが浸透していたら、もう少しだけ周り道と不要な会話をしなくても良かったと思うが、また一方において、まだいろんな局面でも向かい合っていることに有意義であると感じたりもしている。真っ正面に振る舞う私を大変な父親だと思っているふたりの子供達のことも思ったりする。来春はふたりとも社会人となって、もうこんな暮らしも終了してしまう。ふたりとも既に人格は、形成されている年代であるが、父親は、まだまだ子供であると罵声を飛ばす。父親が強気であったら、子供達も強気で決して簡単に妥協することはない。こんな時には、たわいないことでも大いに増幅される。また、フォローしないと嫌われてしまう。と、こんな事の繰り返しで日々は過ぎていく。
やはり年の瀬は忙しいものである。そして、いろんなことから殊更にこの数日はバタバタしている。ひとつづつ前に進んでいたら良いのだが、進展しないで日々が過ぎていくところが歯痒いものである。まあ、今日も連絡を取りながら、一日があっという間に過ぎていった。『ひとり仕事術』の私は、スマートフォンの活用ともうずっと同じ形式の手帳で日々を過ごしている。そんな私は、筑紫哲也著『スローライフ』緩急自在のすすめ 岩波新書を読み始めた。食文化から書き出しているが、面白そうな話題である。未曾有の東日本大震災そして、福島第一原発事故が起こってしまった今年を何らステップアップできないままに、国会も、マスコミもヒントすら与えてくれない。
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2011年11月22日06:26:00
「風のように流れ去る時間があれば、泥のごとく滞る歳月もある。」と、朝日新聞の天声人語は、このようにオウム真理教事件を書き出している。1995年3月地下鉄サリン事件をどのような状況で聞いたか、今でも鮮明に覚えている。16年前であったが、それからの私は、光陰矢の如くの日々の経過であった。一方で、泥のごとく滞った歳月経験された被害者の方々の姿が昨晩のニュース番組で報道されていた。
世の中は、いろんな立場でいろんな局面を迎えながら日々を過ごしているが、遣らねばならないことは単純なのに、立場を優先させると単純であるべき事柄にブレーキが掛かって進展しなくなってしまう。きちんとした規定、ルールに管理されて過ごしたサラリーマン生活から一転して、この6年間にいろんな中小零細企業、ベンチャー企業を内側から経験している。まあ、政局がそんな動きの際たるものだとしたら寂しい限りである。
第三次補正予算を成立させると、自民党は消費税解散を照準にして国会を解散させる動きに徹するようである。デフレ対策は何ら進展しないところに、3.11東日本大震災を経験して被災地は厳しい寒さに向っている。今、何が必要なのかを国会議員は全く理解していない。遅ればせながら、池上彰著『知らないと恥をかく世界の大問題』角川SSC新書を読み始めた。2009年10月の出版であるが、私自身にはちょうど良い時代背景である。どうも、小説を読めるような気持ちになれない今の私である。
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2011年11月5日23:21:00
土曜日の朝は、ゆっくりであった。5時過ぎに玄関ドアから新聞と取ったものの、パソコンに向かうことなくもう一度寝てしまった。八時過ぎに目を覚まして、テレビを見ながら、ラジオのイヤホンにも耳を傾ける。ラジオは、『土曜ワイドラジオTOKYO永六輔その新世界』を、そして、テレビは、テレビ朝日「食彩の王国」そして、『週刊ブックレビュー』を、テレビのふたつの番組は見逃してもいいように予約録画している。児玉清さんが爽やかなコメントで進行していた番組であった。
このラジオ番組で、野坂昭如さんからの手紙を聴くのも、土曜日の朝に私の何気ない楽しみとなっている。これがまた、変則な時間で9時40分頃であるのがまた、厄介な時間である。今朝は、「文化」についてがそのテーマであった。文化人という表現が日本人の「文化」についていびつなものにしていると、そんな少し難しい内容であった。
また、この番組に日色ともえさんが出演していた。舞台の紹介と米作りの話題は、またなるほどと思いながら、今年は舞台を鑑賞することがなかったことを思いつつ、予定していて行けなかった池袋での二兎社『シングルマザー』の舞台は、今年であったか、去年であったのか記憶も定かでないことが寂しさを覚える私自身である。
やっぱり、朝のブレーキの掛かった時間はランニングすることができずに終わってしまった。第一土曜日の夜は、大規模修繕審議会の二時間であった。あまり進展しない来週の大阪での仕事の準備に時間を費やしながら過ごした赤羽の事務所で時間が悔やまれてしまった。そんな土曜日の夜は、テレビ朝日宮部みゆき原作『 ドラマスペシャル 火車』を観ることであった。残念ながら、宮部みゆき著『火車』新潮文庫を読み終わった時の感動とは程遠いものとなってしまったことが、また不思議な思いとなった。この小説を紹介されて一気呵成に読み終わった、そんな情景が鮮明に思い出される。支店勤務が最後となった、そんなセピア色の思い出が蘇ってくる。
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2011年10月22日23:32:00
落語六代目三遊亭円生『小言幸兵衛・居残り佐平次』を、電車の中での移動時間に聴いた。昭和50年「東横落語会」より収録とあって、佐平次は昭和43年とあって録音は耳障りであろうと期待していなかった。ところが、これが雑音もなく聴き易く噺の面白いことが何よりであった。私にとって落語は、どのような時でも「ながら」の状態で聴けないことが残念なことである。手帳を広げていても、ハッとさせられてしまう。そこで、ランニングをしながらになってしまう訳である。
「小言幸兵衛」は、セピア色の路地裏に居たんであろう何事にもケチを付ける意地悪なおやじを、「居残り佐平次」は、プロのペテン師で遊んだ支払を踏み倒して、しかもその店に居候して、最後は店主から身なりまで整えさせて出て行く。ふたつの噺ともに 、何であろうか、「しょうがねえなあ。」と、発せられそうな治ることのない、ふたりのほのぼのとした姿が落語の世界であった。
そして、応援している落語家で、録画しておいたNHK新人演芸大賞 落語部門に出演した三遊亭歌太郎『権助提灯』を観た。先日、神田の落語カフェで同じ題目を聴いたが、その時に、小さいホールでの出演の好きだと言っていたが、さて大ホールでの落語はどんな気分であったのか聞いてみようと思っている。落語ブームでなく、落語家ブームに乗って欲しいひとりである。
昨日、上野に聴きに行けなかったことが残念であった。
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2011年10月20日23:22:00
文章を読む。活字を目で追うことが好きなこと、そんな私であることを改めて確認する。毎朝の新聞を読むことをスタートにして、紙媒体がメインであった。それが、パソコン、スマートフォンの画面でのウェイトが多くなりつつある。メールの存在、そして、インターネットでの検索エンジンを利用して画面に向かって活字を追うものまだまだそこには違和感がある。
そんな中で、村山由佳著『星々の舟』文芸春秋を読み終えた。多分、この前に読んだ小説は、 川上未映子著『ヘヴン』講談社であった記憶であるが、折角、このブログに読書のカテゴリーがあるんだから、直ぐに解るようにしておきたいものである。まあ、わたしにとって、直木賞受賞作であったら、池井戸潤著『下町ロケット』小学館であって欲しいと思ったりする。何故か読み終わって、亡くなってしまった藤原伊織さんのような小説に偶然出会えたらと、こんな抽象的な読書感となった。
そう、ひとつの家族の物語であるが、テーマがあまりに広範囲に点在しすぎていて何となく掴みどころのないような印象となってしまった。そして、私より十歳も年下で東京オリンピックの年の東京生まれの女流作家が、従軍慰安婦をテーマにしているストーリーについては驚かされた。
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2011年9月5日00:03:00
浴槽と電車の中が主な場所である、私の今年の夏の読書遍歴を記録する。
野坂昭如著『アメリカひじき・火垂るの墓 』新潮文庫
石原慎太郎著『新・堕落論』新潮新書
北山修著『最後の授業』みすず書房
浴槽の中では、檀ふみ・阿川佐和子著『ああ言えば こう食う』集英社であったが、土曜日の午後で50ページほど残してビニールケースから外して、本棚に戻した。確かに面白かったがもうこれ以上読んだところで、満足感は増加しないと、初めて読むことになった著者である、副島隆彦著『恐慌前夜 アメリカと心中する日本経済』祥伝社と入れ替えをした。
パソコンの傍らには、図書館で借りた、安宅和人著『イシューからはじめよ』栄治出版が置かれている。
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2011年8月28日23:26:00
2011.04.10 東京都知事選挙は、260万票の獲得と大差で、東国原前宮崎県知事、渡辺美樹ワタミ創業者を勝負としなかった石原慎太郎都知事が再選した。そして、電車の中では強烈な内容の新刊の新書、石原慎太郎著『新・堕落論』新潮新書 を読んでいる。
東北大震災そして、福島原発事故から五ヶ月を経過して、本屋の店頭には、多くのこの未曾有の大災害に関連した書籍が並んでいる。そんな私がその中から選択したのは 石原慎太郎著『新・堕落論』新潮新書 であった。難破船である日本丸がこの荒波を乗り越えて、あるべき海原でどのような姿で航海すべきかと強烈な指針を表現している。 そして、国民が愛国心を持てる国家は、核兵器を、また最新鋭の軍事兵器を保有して抑止力を持って外交政策をリードする。こんな内容の読書が、私自身のこの国のあるべき姿を模索していく。
そんな土曜日の電車での読書は、朝から渋谷から田園都市線で用賀に向かった。最後の支店経験を三軒茶屋支店に勤務した思い出の沿線でもあった。仕事は、江戸時代の武家屋敷跡に建っているマンションでの打ち合わせ作業であった。敷地内には、当時からの保存樹木として何本も残されている。そんな植栽樹林と改修工事の調整作業打ち合わせであった。 そして、週末に予定していた幼なじみ数人での大月への懇親会は前日の晩に欠席するメールを送っておいた。朝、届いた三人からのメールが、三時過ぎに終わった私を、「まあ、やっと落ち着いたところです。17:45 鳥沢駅に到着します。」と、メールしていた。そう、少し無理してとなった。