[ テーマ: もう少しってあるのかな。 ]
2012年1月29日23:59:03
私にとっての空回りが解ってきた。『ゴミ箱』、『一時預かり』のシステムである。一昨日も、午後から2時間をいろんな意味から、マイ・セルフ・タイムにしようよ。と言い聞かせながら過ごしたものの適わず、10時過ぎまで赤羽の事務所で過ごした。そして、昨日も同様な時間を過ごす結果となった。 二冊の返却すべき図書館の本があった。 『読めなかった本一覧表』のボックスに書き込んだら、それで終了である。読みたかったものの、読めなかったんでそこで記録をしておいた。
そう、『ゴミ箱』、『一時預かり』のシステムである。どのように、放り込んだらいいかそんな感じであるう。何でも解決しようとしたら、空回りしてしまう。無理をしたら必ずその反動が起こってしまう。少しだけ無理して、その加減が大切である。そんな具合にしたら良い事であって手抜きでは決してない。そう、遣りすぎちゃあいけないんです。ただそれだけなんです。
そう、そんな木曜日、金曜日を過ごした。 そして、土曜日、日曜日も仕事から離れることはできなかったものの、忙しく動いているふたりの子供達とも会話する時間もあった。まあ、こんなんで良しと考える。肩こりが激しいのも走っていないからであろう。もう一歩、もう一歩で気持ち良い汗を掻いて過ごせる日々がくることを思い描きながら、一月も終わりである。
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2012年1月25日23:22:00
雪の降った朝のホームで電車を待つ間の風は冷たかった。そして、私の周辺で数えるくらいしか経験しない雪景色は、自然がくれる美しい贈り物であった。埼京線から見える荒川土手の真っ白い絨毯の上で大の字になって、暫く過ごしてみたいとも思ったりする。自然からの贈り物と言った美しい世界は、私にとって歩行する時に足元が緊張することだけを心配させることだけであった。
夜はランニングクラブの幹事会に参加した。そして、ここでも時間の費やし方について私自身の日々の動きを分析させる。今、ランニングすることに費やしている時間は絶対的に不足しているが、どうやって時間を振り向けるかは、仕事振りにも関わっている。
3月末がこの会の年間計画の締める時期である。4月の定期総会の日程も決まって、次年度夏までの年間計画も 草案も決まった。このランニングクラブも世代交代を上手に図ることが、そして活発により多くの会員が参加するように運営することが課題であるが、そんな会の行事にも参加できていない今の私自身である。
「一緒に走ろうよ。練習会には参加しようよ。」とこの幹事会でも声を掛けて頂いた。
私自身にとっても、あと2年2ヶ月の過ごし方次第がどのように変化をもたらすのかは全く未知であるが少しづつ解ってきたような気がする。
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2012年1月24日01:28:00
期日までに書類が提出されない。予定通りに仕事が完了しない。このような時、このような状況下では、バタバタと無駄な労力を必要としてしまう。完了させるべく都度のチェックがされていないことが、その原因であるが途中から関与するとまた、酷く複雑なステップを踏むことになってしまう。
責任感のない担当者と仕事をしていくと、そんな仕事振りは当然のように平然としている。立場を変えるとまた、いろんな見方ができる。大局的に一歩引いたところできっちりと考えて答えを出して対応する。まあ、こんなスタンスでも平然とできることは、国会議員の先生方がそんなものだからしょうがないのかも知れないがと思いつつ、鬱陶しいものである。日々は、いろんな営みをもって過ぎ去っている。
月曜日の晩なのに、ふたりの子供達と取り留めのない会話を楽しんだ。ふたりのいろんなことに対しての姿勢の違いにまた驚きを感じる。4月には漸くふたりともに社会人となる。そんな私は、いろんなことに振り回されながら、大好きな活字を追いながらささやかな私自身の時間を楽しんでいる。激しく降っていた雪もいつの間にか止んで11階から見える景色は、雪灯りに映える雪を被った屋根の連なりであった。
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2012年1月23日08:55:00
無理を重ねて走り終わったハーフマラソンは、私の身体を傷つけている。そう、何時もよりも身体中が何倍もの筋肉痛であること、この浴槽に入っている時にも、擦れてしまった乳首の先がヒリヒリしている。足には、何時もはできない箇所にマメができていて散々な状態である。2月、そして3月にもハーフマラソンのエントリーをしていなかったことを悔やむ。このマラソンシーズンがこんな終わり方で、また、数ヶ月を過ごすことは残念なことである。ランニングクラブの幹事会の予定と秋からの立替金の精算依頼もメールが入っていた。ランニングクラブの幹事会は、4月、5月の予定が打ち合わせの対象となる。私は、来年の富士山登山競争の頂上コースのエントリー資格を得るために、五合目コースのエントリーをする。
今回の雨のレースも一番辛かったのは、ゴールしてから上から下までビショビショなウェアを着替えるまでの十数分間であった。終わったことの安堵感が急激に寒さを増幅させた。そう、私自身のこんな出来事の中でも感じ方、思いの廻り方はこんなものであって、いろんなことがどのように周りの人達が感じながら時間が経過していくことなど無理なことである。そんなことに思いを巡らしながら、暫くボーっとして過ごした。
このいろんな箇所の疲労感は、運動することで早めに克服したい。頭の中の仕事やら、いろんなことを整理していくが、どうにもならない受け身的な要因もいくつもある。
子供達は、快活な動きで今月も過ごしていて時々、機嫌を取るような雰囲気で話し掛けてくる。そう、多分ふたりともそんなことは何も考えることなく只、自然体で話しているだけなんだろう。そして、今月も日々は、随分な速度で過ぎ去っていく。
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2012年1月18日07:15:23
NHK BSの美術番組『美の饗宴~棟方志功の東北 自然に負けない美』で名嘉睦稔さんを観た。尊敬して止まない版画の巨匠・棟方志功の版画を彫っていた。この方の作品は、賢三美術館で初めて知った。棟方志功の版画をいろんな角度から追い続ける番組であったが、スケールの大きな作品の彫り方、スピード、彫っている時の版木からの目までの距離等が紹介されていた。
そして、年賀状を毎年、木版画の多色刷りで送ってくれるTさんがいる。私は、何コマかのスナップに限りなく添え書きを入れて投函する。行き帰りの電車の中で、また、待ち合わせで時間調整する合間に書き添えている。これが結構楽しみなひと時でもある。ここでも時間ってと思ったりする。忙しくバタバタの時間を過ごす。携帯電話に出ないんで様子が解らない、そんな時には可能な限り会って話をする。通らない言い訳を繰り返して現実を肯定しない。しかし、こんななかでも要求されているものは期限内に提出しなければいけない。責任感のない、そして状況判断が欠如した環境で仕事を進める。
まあ、こんな状況下で仕事を進めることも経験かなと思ったりしながら時間を費やす。『ひとり仕事術』がしたくって今を過ごしているんじゃあないかと、思ったりする。そう、版木に向って集中しているふたりの芸術家を映像を通じて観ている。そんなところでまた、時間の過ごし方を思ったりする。こんなことの繰り返しが今年も私の。『ひとり仕事術』であって、ひとつ、ひとつである。
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2012年1月12日23:24:00
さあ、スタートである。そして、仕事上の打ち合わせが進んでいく中で、役割分担と権限の委譲と言った場面に直面する。この数年間、中小零細企業の構成人員の中で、コーチングスタッフの役割について実は非常に大事であることを痛感している。多分、これはスポーツの世界と相通じる内容だと思ってコーチングスタッフと表現するが、東洋大の劇的な完全優勝に終わった箱根駅伝にも、そんな優劣が現れているのであろう。
そして、スポーツの世界では勝敗が現れて、その背景にコーチングスタッフ、プロ野球やJリーグにはフロントが話題になる。そして、そのような関係者が都度どのようにも影響を与え合って結果を出している。そして、クローズアップする人物が外部に対してどのように表現するかが重要である。ヒーローインタビューは、トップが上手に表現される。そして、政治の世界は、コーチングスタッフ、そして、良いプレイヤーも悪いプレイヤーにもマイクが届いてしまってマスコミに登場するんで始末が悪い。テレビの画面は、選択の空間がないところで時間が経過する。活字の世界では、幾らでも中断できる。
この数ヶ月の間に、いろんな場面でいろんな局面が現れていることを見ていて、実権者がどんな手段でも良いから有るべき姿をリードできるかと言ったところが大きなポイントである。ところが、当然であるがゆえに目立ってしまう。まあ、そこでステップアップする為にはハードルがある。自民党の長期政権で政権交代した政党が余りにもバラバラであったことで、進展すべき世の中が変化しない大きな要因となっている。翻って、中小零細企業は、今どんなスタンスであるかと言ったら、それぞれの立場での将来に向かったビジョンとスタンスを描いている。単純明解で解り易い方向性こそあるべき姿なんだろうと思う。
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2012年1月9日17:07:00
朝早く行動すると、高速道路も空いていてスムーズな時間を過ごすことができる。我が家に戻ったら、「最後まで、上機嫌でした。」と、NHKの連続ドラマ『カーネーション』の今日の一場面、最後のところであった。年末年始に行けなかった実家へ日帰りした。朝からTBSラジオを聴きながら走り易い中央高速を順調であった。
『森本毅郎のスタンバイ』は、ニュース解説を「中間貯蔵施設について」であった。そして、別な番組では、ニュースコメンテーターの鳥越俊太郎さんが、過渡な便利さ、行き過ぎな贅沢をコメントしている。帰りの車の中では、『永六輔の誰かとどこかで』を聴きながら、自宅近くで聴いた、『小沢昭一の小沢昭一的こころ』は、支障な泥棒のお笑い噺しで年明けベストな、ひとり車の中で大笑いとなった。
昨日が、今日のように風がなかったらと思いつつ、実家では日向ぼっこをしながら父との取り留めのない穏やかな話が何よりであった。そして、いつものように菩提寺で墓参りもできた。二十三回忌の墓碑が真新しかった幼友達、そして叔父の墓前、それから、最後に母の墓前へ線香を手向けた。方々に南天の実が穏やかな冬の日差しに輝いていた。
何となくバタバタしてしまった年末年始で年賀状もきちんと確認できてなかった。さあ、もう少しってあるのかな、私にとっての緩急自在な生活のスタートである。それに、スローライフを加えるには、もう少し時間が必要である。昨日のハーフマラソンでの筋肉痛が心地良い。また、ひとつ、ひとつである。
付録: そして、『かわはぎのホームページ』には、昨日のスナップが掲載されていた。
http://www7b.biglobe.ne.jp/~kawahagi/diary201201.htm
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2012年1月7日23:20:00
パソコンも、そしてこのスマートフォンも、ひとつの大切な道具である。今までの携帯電話とこのスマートフォンの大きな相違点は、使い勝手の良い箱がスマートフォンの本体であって、その箱を、個々のユーザーがいろんなアプリケーションを利用して、便利な道具として機能させることが目的のようである。しかし、7月末から使いだした私にとって、無線ランを使ってノートパソコンを持ち歩く代用品として期待するところが大きいが、本体の電話そして、メール機能に支障のある現状では変更したことが少し早過ぎていたと判断せざるを得ない。
先月末、月曜日に対応した処理が本来やるべき形でなかったことが、今日午前中に、ジョギングしながら立ち寄ったドコモショップで明白になった。このスマートフォンが、私の子供達が日頃使っているものとは違ったところで仕事の道具として、パソコンと同じ程度に使えると思ったら、まだまだアプリケーション以前のところで、不具合と表現される箇所はこれからも話題になることが予想される。電話機能に支障が生じてしまう私の使っている機種は、どこにその特徴があっも、開発担当者のポリシーが間違いであると言わざるを得ない。
今年の夏の導入でも決して何ら遅れているものではなかった。今日も、遣るべきことがあったが、つい手元にあるこのスマートフォンを使い勝手を良くしたいと時間を掛けてしまう。そんな日々の生活の中で、明日は谷川真理ハーフマラソンに参加する。きちんと走り込んでいたなら、1時間41分の去年の記録も更新してと言った目標もあるが、今回は、22日にもう一度走る千葉マリンマラソンの練習会の感覚でペースと、最後の5kmで失速しないようにとの思いで走ってこようと思っている。比較的に会場も近くであるが、風が強く吹かないことを祈りながら、久し振りなレースの前の晩を過ごしている。
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2012年1月4日21:23:00
気怠い身体が心地よい朝の電車の中で、ぼーっとしながらいろんなことを思い浮かべて過ごす。そんな今年の私の仕事始めは、どうにもエンジンが始動しない。するとまた、こんなことを思い出したりする。幼少のころ感受性の強かった私は、直ぐに目に涙を浮かべた。周りのものから、『ベソっかき』とからかわれていた。まあ、特に一昨年亡くなった叔父にからかわれていたことを思い浮かべる。
そんな私のサラリーマン生活は、選択した職種は別として、最後に勤務した債権回収の部署での仕事振りが今の私に大きな影響を与えている。いろんな事情があって、いろんな要因から今の状況がある。いろんな紐が絡みあっていて簡単に好転することはないことがゴロゴロとしていた。そんな状況から、最も遣らなければならないことが何であるのか。プライオリティを考えることが大切であることを学んだ。多分、それが「イシュー」であるとも考える。世の中、そんなに難しいことばかりではないのに、どうやら難しくすることを好んでいるようである。
そう、私が債権回収の部署での経験は、バブルがもたらした結果処理がメインであったが、やはり、そこにも経営者の決断力は、働いていた。そして、金融機関の社会的責任も重要であった。また、リスクヘッジが出来ていなかったサブプライムローン、リーマンショックは、ロナルド・ドーア著『金融が乗っ取る世界経済』中公新書を読んでいても、何を今更繰り返すのかと言った出来事である。そんな掴みどころのないことを思い巡らしながらも、漸く繰り越しの出来たもう、ずっと同じスタイルの手帳を取り出して先月の、そして今月のスケジュールを確認する。
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2011年12月2日23:41:00
雨が降らないだけ良しとしなければと思う。が、思いっきり寒い。分かり難いことが目の前にぶら下がっているが、できることをひとつ、ひとつ、コツコツとやっていくのみである。スケジュールを確認しながら時間が経過していく。明日は雨降りが昼過ぎまで続いて、夕方には天気が回復するようである。神宮外苑の秋の深まりを感じる時間が訪れていない。
Mさんに携帯メールする。タイミングが合うと、まあ40分程度で喉越しビールを何を気にすることなくスーッといつもの会話ができる。曜日、そして時間を見ながらメールする。瞬時に返信が入ることがわかりり易くて良い。今日も、タイミングはパーフェクトであった。動きを見られていたようで、とびっくりしていた。
こんなタイミングで、ひと時を過ごすことのできる友人を貴重であると思う。仕事帰りにランニングして、それから喉越しのビールと言ったタイミングもあるが、先ず以って、走りに行く行為が減ってしまっていることが残念である。神宮外苑の銀杏並木を感じる時間がないことが残念である。