[ テーマ: そして、一週間 ]
2012年1月26日23:21:00
まだ雪の残る今朝の寒さも厳しかった。駅に向かう途中に300坪ほどの畑がある。雪の降ったあとの水分を多く含んだ土は、霜柱が自然な美の世界を造形している。5分間でもその場に立ち止まってデジカメで3回被写体に向かうことができたなら、そんなことを思いながらホームに立っていた。
『東電、3年で黒字化』日経新聞の朝刊トップのタイトルであった。原子力損害賠償支援機構が試算した10年間の資金計画として掲載されている。まあ、賛否両論があるであろうが今、この時期に発すべきタイトルであるのかが疑問である。火力発電に移行するためのコスト負担が電気料金値上げを提示して、国が資本を注入して3年間計画で黒字化を図る。駅の構内では、まったくの健常者がそして学生達がエレベーターを当然のように、節電なんかは他国の出来事でもあるかのように利用している。一方で、自民党の谷垣総裁は、一環して新興宗教の教祖のように、解散総選挙を唱えている。
私が学生時代に、吉野源三郎著『同時代を考える』岩波新書の読書会に何回か参加したことがあった。そう、『この国のゆくえ』は、どうなっているのだろうか。東日本大震災そして、福島原発事故を、明治維新そして太平洋戦争、次にくるのが、今回の3:11だとコメントしている学者がいたが、福島、宮城県そして岩手県と比較して、首都圏では復旧を伴った直接的な被害を受けていないことから、その直接的な影響がどのように国民ひとり一人に変化をもたらしているかと言ったところが疑問である。そう、私自身の周辺も、そして、その次の集合体も何故か空回りしている様子である。
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2012年1月13日23:28:00
今週は火曜日から仕事で、しかも前日に大月へ朝早くの日帰りしたりと忙しく日々は過ぎていった。仕事の体制についても、予想していたことも明確になった。そんな金曜日は、遣るべきことを集約させて効率よく一日を過ごすことができた。
午前中の池袋から上野へ11時30分頃にふと気が付いて、幼友達のYさんに電話する。もう何度か経験しているが、彼とは御徒町周辺で昼飯を食べながら情報交換をする.。お互いにサラリーマン時代が長いこと、話し易いこともあって私にとって、「昼のオアシスのひと時」は、勤務先ビルの書店で待ち合わせをする。本日は私の希望で日本そばの店を選択する。へぎそば割烹『越後屋御徒町店』が本日の、「昼のオアシスのひと時」となった。
思い出すと、グループウェアソフトを販売する会社の設立に参画した時が、こんな食事の最初であった。もうそれから5年が経過した。今回は、オリンピックイヤーに開催する中学時代の同窓会の話題が中心であった。S先生も参加を予定であると年賀状に話題は展開する。 4月はスケジュール的に何とも言えない時期でと、何れにしても少し無理しなくちゃあいけない。と、そんなことを言いながら御徒町駅でまた、仕事バージョンに戻る。夜は、4月の多摩川長距離練習会に参加して以来の、ランニングクラブの新年会に参加した。今年の抱負、「このクラブの行事に積極的に参加します。月間200Kmを走る日々を過ごします。秋には、フルマラソンに参加します。」と、情けない宣言であったが、このランニングの世界も、また、ひとつ、ひとつである。
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2011年9月3日09:14:46
今年の台風は、本当に方向が変わっていたり、ゆっくりであったり天気予報の雨マークを微妙に狂わしている。この数日は、幸いに傘を持って移動するものの、殆ど開くことなく過ごすことができた。そして、相変わらずのバタバタの月末、月初は、意識することなく、過ぎ去ってしまった。
変化と言ったら、今までに触れることのなかった、アルバム 山下達郎『Ray Of Hope』をiPodに収録して電車の中で聴いている。そんなたわいのないことくらいであった。当然ずっと以前からこのミュージシャンは、FM東京の日曜日の午後の番組を聴くこともあった。どうも文学的にも、音楽的にも軽い都会派っぽい雰囲気には馴染めない私であった。
最初は、馴染めなくてもしっくりとなることを期待して無理して聴いている。そう、馴染めないと言ったら、このスマートフォンも少しずつ慣れてきた。ボタン感覚からタッチ感覚への変化は、想像以上に大きかった。インターネットがスムーズに何処でも対応できることが最大の便利性であった。バッテリーの消耗が激しいことは、まだまだである。そう、まだまだ足りないことが私自身の周辺にごろごろと存在している。大雨が降って、道路にいろんな障害物、落石が散乱している状態であろう。スピード感をもって前進できないのは、そんな障害物のためである。どんな風景な足元を進んでいるのか見えてないところが少し気掛かりであるが、スマートフォンとアルバム 山下達郎『Ray Of Hope』が今年の私の夏の日の思い出となるんだろうか。
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2011年7月7日23:18:00
夕方二ヶ月振りに、IT会社を経営するY社長から携帯に連絡があって、日本橋で喉越しビールとなった。常に黒字経営をであることを身上にしているこだわりの努力家である。二杯以上のジョッキは、その後に残ってしまう辛さから極力避けて過ごしている。
タイミング悪く二回ほど断ったあとの前回は、秋葉原でのゴールデンウィークの連休明けであった。時間を有効活用してたくさんの本も読んでいる。今回も、古賀茂明著『:日本中枢の崩壊』:講談社、藤原正彦著『日本人の誇り』文春新書を紹介された。
ご自身が経営する連続して黒字会社の状況も、その経営方針も紆余曲折してきたようであったが、今は安定している様子であった。政治、世相から今回は、健康についての話題が時間のウェイトを占めた。ひとり仕事術の私を間接的にきちんとアドバイスしてくれる友人のひとりである。
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2011年6月18日23:28:00
土曜日は、予定通り入院している父親を見舞った。父が入院している病院は、私が高校1年の夏休み前の校内スポーツ大会で大ケガをして入院した思い出の病院であった。 40日間の入院とその後の都内の大学病院への半年ほどであった通院の日々の経験が、プラスそしてマイナスの要因となって私の人生を育んでいった。 そして、多分銀行員生活の最後の数年間を債権回収と言った後ろ向きのセクションを経験することで何となくの今があるような気がしてならない。
久し振りの中央高速は、休日料金が最後で国立インター付近からの20キロ渋滞を経験する。昼前に到着して病院に真っ直ぐ向かった。3階の階段に上がるとちょうどリハビリに向かう車椅子に乗った父と向かい会って、そのまま一緒にリハビリの時間を過ごした。それから病室へ戻り昼食のサポートをしながら会話する。自らの前向きな日々の姿勢を願っての会話であった。腰の疲労骨折の痛みからであろうか、必ず回復させて自分の力で歩くんだと言った活力は全く感じることができない。少しでも前向きに日々の経過を感じながら過ごして欲しいと感じるが、無理さ加減も多いに感じながらであった。
それから実家に立ち寄って義姉と大笑いしてひと時を過ごす。帰り道に、いつものように墓参りして母の墓前に線香を手向けた。インター入り口の途中に入院している病院があるんで、立ち寄って手の届くベットの傍らに、ボールペンとメモ用紙を置いて、短歌を詠んで記すことを約束とする。そして、一週間にふたつの歌を残して欲しいと願った。そして私の帰り際に、「孫に叱られちゃったよ。」と、ストレスを仄めかした。紋きり型の叱り方でなく、アットホームな雰囲気であって欲しいと願う。その話題は、実家で 大笑いした病的とも言える兄の庭の芝のメンテナンスの話題であった。
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2011年5月23日09:06:30
この週末には、場面を変えていろんな人達と会話する機会があった。震災についての話題は私自身敢えて避けるようにしていた。会話する目線が余りにバラバラで、ストレスを感じることを避けたかったからである。情報量の嵐もそのひとつの要因となっているのであろうが、素人目線での感想がテレビ画面に溢れていることがたまらない。
そんな中で、もう新聞は読んでいない、必要がなくなった。こんな話題になったが、私はこれからも新聞は読むだろうと答えたが、そこには、まあ確かに読まなくてもよい理由が説明されていた。否定することから何も生まれない。『螺旋的発展』こんな表現を思い出す。田坂広志著『使える弁証法』東洋経済新報社であったが、IT社会の中で日々の活動がどのように展開されていくことが理想なのかをもう一度考えねばと思う。
心地よい筋肉痛にまた、今の私自身を感じる。電車の中で、こんな週末であったことをボーっと考えながら、5月の月末週のスタートである。今日もこれから、雨降りの予報である。そして、鮮やかな新緑をまた、一段と美しく表現する。
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2011年3月26日09:19:13
大地震が発生してから二週間の日々が、また加速度を増して過ぎ去っていった。そして、いろんな報道に直面したが、20日(日)の朝日新聞 天声人語をここに記録しておこうと思った。
『いつもの週末に比べて、銀座や表参道の外国人は目に見えて少なかった。観光客ばかりか、出張者や留学生、外交官までが日本脱出を急いでいるらしい。物心の支援に感謝しつつ、この国は自らの手で立て直すしかないと胸に刻んだ。大震災の被害はいまだ全容を見せず、避難所や病院で力尽きるお年寄りが後を絶たない。福島の原発では、四つの原子炉が悪さを競うように日替わりで暴れている。津波と原発事故。二つの怪物を伴うこの災いは、10日目を迎えてなお「発災中」の異様である。
3月11日をもって、大小の非常が始まった。関東では輪番停電が常となり、スーパーの空き棚も目につく。ガソリンや電池の買いだめは関西でもというから、国中がすくんでいるのだろう。がれきの街には、愛する人の記憶をまさぐり、泥まみれの面影を抱きしめる姿がある。「泣きたいけれど、泣けません」。被災者ながら、現地で体を張る看護師長の言葉である。戻らぬ時を一緒に恨み、足元の、そして来るべき苦難に立ち向かいたい。
地震の1週間後、東京スカイツリーが完成時の高さ634メートルに届いた。この塔が東京タワーを超えた昨春、小欄は「内向き思考を脱し、再び歩き出す日本を、その高みから見てみたい」と書いた。再起のスタートラインは、はるか後方に引き直されるだろう。それでも、神がかりの力は追い込まれてこそ宿る。危機が深いほど反発力も大きいと信じ、被災者と肩を組もう。大戦の焼け野原から立ち上げたこの国をおいて、私たちに帰るべき場所はない。 』
このように記録したコラムを数年後に読み直して、どんな感想を抱くであろうと期待してとなった。
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2011年3月20日15:28:00
日曜日の朝は、いつもと違って少しだけバタバタで始まった。午前中、神宮前のW社長の事務所で打ち合わせがあった。11時過ぎに終わって表参道をボーッと歩いた。新橋を経由して思ったものの、今日は、ゆっくりリズムと原宿から帰り道を選択した。
方々でイベントが中止になっている雰囲気は、表参道を歩いている人の数もまばらで、何となく意気消沈した感じである。昨日から、テレビ番組も少しづつ通常の番組に戻りつつあっても、また、以前と変わりののない馬鹿げた光景が展開している。
今晩から、天気は悪くなって、明日は雨降りの一日の様子である。昨日は、携帯電話を持ってであったが、桃の花が満開であろうスポットをめざして、ひと時のジョギングを楽しんだ。もう、数週間でまた一段と変化するであろう、春の息吹を感じる。そんな季節感を感じたが、やっぱり随分と乾ききって埃っぽさが花粉症を悪化させた。
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2011年3月18日22:34:00
地球を形成する過程の中で、自然界で何度となく繰り返されてきた地殻変動は、地震をそして、想像を絶する津波を引き起こしてまだ、その被害の全貌が知りえない進行形である一週間を迎えようとしている。
石原都知事の天罰発言は少し的外れな言動あるような気がするものの、福島原発の危機管理に対する体制の未熟さについては、寒々しい状況を露呈している。 電力消費量もここ数十年の間に、うなぎ上りになるような建築構造を良しとしてきた時代の流れは、去年の夏でさえピークに達していたことを思い出す。そして、その原因が柏崎原発の地震で休止であったことも記憶に新しい。ドームは爆発事故で、簡単に破壊されてしまった。しかも冷却装置がストップしたら心臓部が危険に晒されることは、想定できること、それを補完できる装置とマニュアルが準備されていて当然である。
私自身は、身近な弟家族が仙台市宮城野区のマンションで、今回の災害に直面していてる。電気が回復して、これから水道、ガスのライフラインを復帰させるために動き出さねばならないようである。幸いに私自身もマンション生活していること、そして、私の周辺に建築関連に従事している方達がいることで、少しでも多くの情報を提供できる。
温度差の違ったところで、一人ひとりが何ができるんだろう。そんなことを思いながら、この国が付け焼き刃な対応でない、足腰のしっかりした国づくりとなることを願いつつである。
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2011年3月7日12:13:46
日曜日の朝は、取り敢えずランニングすることから始まった。ティッシュペーパーを持って、柳家喬太郎の落語を聴きながら、そう、私には人情話の『錦木検校』、これって、「にしきぎ けんぎょう」と読みますが良かったですね。落語に集中できたこと、題目の選択も良好であったが、ランニングは絶不調と言ったところであったが、こんな時こそ時間を掛けてに努めた。
休日に、もうひとつの時間を費やす浴槽の中での読書は、伊藤元重著『経済の読み方 予測の仕方』知恵の森文庫であった。経済書で前回の、内橋克人著『もうひとつの日本は可能だ』文春文庫とは、違ったスタンスでの選択であったが、こんな著者も読んでみたかったと、どうなのかと疑問であるがと言ったところである。
体重は、54.0kgと走った後の浴槽でたくさんの汗を掻くことができた。これに、ランニングがコンスタントに日々できていたらと思うが、この季節は止む得ないことである。大宮氷川神社にお参りして、大宮公園をゆっくりとランニングできた。まあ、この季節は、私にとって試練である。