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「ピエロの涙 ・・・」

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遣らねばならないことも山積している。

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年11月26日23:18:00

残念であるが、父は意固地なくらい短歌を詠むことに抵抗感を示している。私が電話しても、創作意欲を示さなくなっている。この半年ほどの中で、岩波新書から小高賢著『老いの歌』が出版されていることを書評等で知ったことも後押しして、創作意欲を促したつもりであったが進展しない。逆に、一年前に亡くなった叔父へ線香を手向けに来いと逆襲された。

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三十一文字でひとつの世界を表現できることに憧れる。そんな短歌の世界であるが、今の私にとって20分から30分をこのブログを費やす時間だと決めている。一首の短歌に費やす時間は、そんな時間では済まないのであろうと、そして、言葉を書き記すことは、単なるメモ程度で良いんだと、今の私にとって楽しんで書き記して置くと言った感じには到底なれない。

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『ひとり仕事術』は、こんな駄文を記すことでも少しづつ私自身を整理してくれる。 今週も、いろんなことが私の周辺であった。明確なことで進展すること、立場を優先させて歯切れの悪い発言で進展しないことの方が多い。ある自民党国会議員の政治家パーティーにも初めて参加する機会があった。遣らねばならないことも山積している。

 

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与野公園をゆっくりとランニングした。

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年9月4日08:25:52

日曜日の朝、時事放談をバックグランドにパソコンに向った。そして、漸く父との会話ができて、短歌も掲載することとなった。

 

  透析のベッドの上で眠気覚め
          あと十五分で日課終わりぬ

 

 

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  デイサービス湯船の中に身はありき
             心身癒えて眠り誘りぬ

 

安堵して眠りを誘う父の姿と、また緊張感をもって言葉を洗練して短歌を詠めたことに安心しながら、昨日、ランニングの途中で出会ったハプニングを父に話した。 

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与野公園をゆっくりとランニングした。一周およそ8分の周回コースを設定した。体力的に無理せずと、台風余波で風を避けようと与野公園を選択した。数周をランニングしているとコースの直ぐ脇のベンチで散歩途中の老人が、走っている私を見詰めている。そのことは、私にも数周前から気付いていた。立ち止まって挨拶をすると、「何周も走って感心だね。」と話しかけてきた。私の父親と同年輩であろうかとの予想を反して、明治43年の生まれだと今年で、何と101歳だそうである。補聴器を使っているが、全く不自由でない会話には驚きを感じる。

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 都内での教職生活は、六義園の近くの小学校で校長先生を最後に退職されたとの話題は、父の生活をイメージしながらのひと時であった。会話で盛り上がっているところに、「娘だよ。」と紹介する自転車で迎えにきた婦人を加えて、また、また盛り上がってしまった。 「それじゃあ、また。」と、「あら、あら、折角、走ってたのに、冷えちゃったでしょ。」と、また会えるかなと思いつつ、また。走り出した。


新聞報道は、野田新内閣への期待であった。そして、今朝の時事放談は、司会者、御厨貴、藤井裕久、石破茂の三氏が期待を含んでのコメントを発言していた。そう、今は、解散総選挙じゃあありません。漂流している難破船日本丸を舵取りすることである。

 


無口で偏屈な父とのコミュニケーションができたならと

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年7月13日23:22:00

入院している父に、定期的に短歌を詠んでブログに掲載する、こんなことで活力の一端にと願っているが、一向に出来上がってこない。そんな私はこんな状況が影響してか、時々朝日新聞の歌壇を読むようになった。どうも、現代短歌の響きが難解である。サラダ記念日は、まだ私自身に伝わって来るような何かが、あったように感じていたが、やはり今のは、難解である。

 

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      田の蛙    狙って蛇が寄って来て
                              その蛇狙い猪も来る

選者が佐佐木幸綱氏であった。批評は、レイチェル・カーソンの古典的な名著『沈黙の春』が言う生命の連鎖を思い出させる。とあった。そう数年前であるが、Aさんに紹介されてレイチェル・カーソン著『沈黙の春』新潮文庫を途中まで読んだことがあった。化学肥料が土壌を死滅される。こんな内容であった。

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私には、その直ぐ隣のコラム 『うたをよむ・ハマナスの歌碑』に

潮かをる北の浜辺の砂山の
     かの浜薔薇よ 今年も咲けるや

   
と、セピア色の単色で表現されるそんな短歌が解り易い。大船渡市三陸町で明治33年に盛岡中学3年の石川啄木が詠んだ歌である。

 

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そして、何よりも軽い入りで詠んでくれる父からの不定期でもいいが、二首の短歌に期待している。そんなタイミングで無口で偏屈な父とのコミュニケーションができたならと、ささやかな思い入れである。

 


ふと思い立って、

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年7月2日23:18:00

ふと思い立って入院している父のところへ行った。今回は電車でのんびりと向かった。と言っても携帯電話の乗り換え案内を操りながら目的地へ向かった。手許には、中沢康彦著『星野リゾートの教科書』日経BP社を読みながら、そして、アルバムイーグルス 『Hotel California 』を聴きながらであった。

 

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立川駅から休日の臨時電車ホリデー快速河口湖に乗り継ぐことができた。車でない本日はピンポイントの動きでちょうど良い。友人のところに電話して立ち寄ることもなく単調に、父を見舞うことのみに時間を費やした。到着するとリハビリの最中であった。前回からすると前向きさが感じられて安堵する。

 

 

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大月駅9時34分着、それから13時13分発とのんびりとした時間を過ごした。ウインブルドンを2時頃まで観てから朝5時過ぎの起床は、のんびりした時間の過ごし方で、今日は睡魔が心地良く襲ってくる。帰りがけに、ふと振り返って見た病院の建物に付いている螺旋階段は、私が学生時代に描いた油絵のモチーフのままであった。会話の中で、老いをヒシヒシと感じてしまったことは、もう当然なんだと思いつつも一抹の寂しさを感じた。月初の第一土曜日の今晩は、マンションの大規模修繕審議会が7時から9時まで開催である。

 

 

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会話の少ない父と三人の男だけの世界も

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年6月14日12:00:45

日曜日の夕方、仙台に住む弟から電話があった。87歳になった父の入院の様子についてであった。言葉数の少ないそして、話題が展開しない会話にならない短い電話であった。そんな気持ちが尾を引いて、実家の兄には未だに連絡していない。

 

 

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そんな父は、平成12年3月に歌集『葛かつら』を自費出版している。私の手許にこの歌集がある。季節ごとに並んでいるが、その春の巻頭の歌は、

      谷川の藪に根差せし猫柳

               暖冬の昼に真綿の光放つ

 

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そして、春のページの最後には、

      エビネ草アツモリ草が咲き初めぬ

              あの花この花妻植えし花

 

 

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いつ頃撮ったスナップであろうか、実家の庭の傍らに多分今でも咲き続いている山野草である。仲が悪い訳ではないが会話の少ない父と三人の男だけの世界も随分と年取ってしまった。

 

 


色彩を感じる父の短歌に安堵する。

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年4月23日11:46:48

土曜日の朝は、少しだけ遅く、そしてゆっくりと過ごす。一時間程度であったが久し振りの浴槽での読書も楽しんだ。それから、田舎の父へ先週末は得られなかった短歌を求めて電話した。

        庭先の 三つ葉ツツジが 咲き出でぬ
            地震も津波も 知らぬ自然は

 

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    桜散り ヤマブキの黄 盛りなり
             木々の梢の 黄緑に萌ゆ

 

 

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私の田舎の風景も、ここさいたま市と同様に桜が散って目に沁みる新緑の春の息吹を知ることのできる季節となった様子である。
色彩を感じる父の短歌に安堵する。

 

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花粉症に加えて、

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年3月31日23:48:00

花粉症に加えて、風邪の症状で咳き込んでしまうことが体調を狂わせる。熟睡できているのか判らないことが辛い。睡眠時間は、少なくなってしまっている。

 

   仙台に住む三男は  「無事」なりと
             避難こそせり   家は雑然

 

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   湯たんぽを  抱いて寒さを凌ぎたり
             地震のもたらす  計画停電

 

「暮れなずむ町の光と影の中. 、・・・・・人は悲しみが 多いほど
人には優しく できるのだから 」と、口づさんでいた。

 

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父親に短歌を詠んだかと電話する。

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年3月30日23:26:00

今回の大震災で私自身は、仙台に住む弟家族が一日でも早くいつもの生活に戻ることを思いつつ、父親に短歌を詠んだかと電話する。

 

   透析が 終わらんとする30分前
            ベットも身体も  横揺れ続く

 

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   看護士は 「大丈夫だから 落ち着いて」
            透析は 30分繰り上げしたり


週三回の透析で通院している父は、金曜日の震災を病院のベットで過ごした。
そんな中、桜が開花しつつある。こんな時に、また気持ちを逆撫でするメールを経験する。そして、父の声にも、元気がなかった。

 

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余寒のなごり

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年3月8日00:03:00

日曜日は、二十四節気の啓蟄であったが、今日は雪も舞い散る寒い一日であった。
そして、父が詠んだ短歌が届いた。

 

   透析を終え 外に佇めば
              頬をさす風  余寒のなごり

 

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   童心は  ボーリング 玉入れと
              齢を忘れて  真剣の顔

 

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   ゆうゆうの  デイサービスで憩うとき
              今日のひと日は  童心となり

 

 

「余寒」 立春後になお残る寒さ。  日々の天気が変わる、これも良しである。

 

 


また、短歌を通じた親子の会話が、

[ テーマ: 父の詠んでる短歌 ]

2011年2月24日09:59:00

時々入院する父は、結果、透析治療を受けることとなった。途絶えてしまっていた父の短歌は、また再開するように勧めていた。そして、このようにまた、ブログに掲載するようになった。そう、単調な日々の生活に少しでもふるさとの山里を散歩して、そして、日々近づいて来る春の息吹を著して欲しいと思ったからである。

 

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透析は ベッドの上に 三時間 
            身動きは  ほんの首を 左右に      
            


久々に  ちらつく雪は    恵みなれど
             迎えし妻の  十三回忌

 

 

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印象的な雪景色の日に、家族が十三回忌の法要で集まった。
そう、父もそんな様子を短歌に詠んでいる。
こうしてまた、少しだけ離れたところで短歌を通じた親子の会話が続けられる。