[ テーマ: 日記 ]
2011年12月27日18:30:55
やっぱり、スマートフォンは時期尚早のようであった。私の使っている機種はどうもその中でも、ワーストな粗悪品で使っていて辛いものがあった。手元に置いてあっても、受信音が鳴ることなく、不在になってしまう。余りに度々だったんで、先週末にドコモショップに行って、異常なし、昨日の夕方に同様のトラブルで再び窓口の対応から同じ機種の新品と交換することになった。これがまた、随分と厄介なことでやっと私に使い易くなったのにまた、ゼロからのスタートになってしまう。
スマートフォンについては、確かに便利であることの反面、過渡なシェア競争に加速していろんな箇所で欠陥らしきものが目立っている。基本的な通話することに支障をきたしている状況は、特に受電することに障害が発生していることは、辛いものである。ストラップが使えなくなって、家電量販店に入ってドコモのウェアを身に着けた女性と会話した。いろんなかたちのこの国の揺らぎに、最先端のスマートフォントの世界でも、表面ばかりでガチャガチャしていて、その欠陥ばかりを使用者である私達がストレスを感じながら日々を過ごしている。
今年も、残すこと数日でまた、新年を迎える。この半年のバタバタな日々を過ごしている中で、過去に余り感じることのなかった年齢を感じるようになった。一瞬、全てから逃げ出したいと思ったりするものの、まあ我慢強いものである。これで良いのかと、自問自答するのだが『ひとり仕事術』の私にとっても、余りにもブレーキが掛かってしまうことが多すぎる。大切なことが何であるのかが、随分と理解できるようになった今年である。昨晩は、ストレスの溜まるような電話があった。ビショビショに、そしてクタクタになるようなランニングができたら、また、回復できる私である。
[ テーマ: 日記 ]
2011年12月20日23:26:00
CDは辻伸行さんのピアノ『debut』を聴きながら、朝の電車を五反田へ向かう。山手線の恵比寿でやっと座ることができた。いろんなことを頭に巡らしながら過ごす朝の車内でこの選択は私にとってプラス要因であった。『川のささやき』は私のこころを和ましてくれる。五反田での東急池上線へ乗り継ぎで少しだけ朝の大切な時間に無駄遣いをしてしまった。山手線のホームから直結していることが理解出来てなかった訳である。工事中で案内表示も不親切なら、今頃こんな連絡工事がされていることに驚いてしまった。
昨日は、朝から都内を営業の挨拶まわりで終わったのが5時過ぎ、都内にいたんで、サントリーホールの第九コンサートには、余裕をもって開演を待った。下野竜也指揮のベートーベン交響曲 第九番を静かに、そして感激しながら時間が経過していった。こんなにいろんなことで時間を費やしている今月の動きの中でも、こんなにゆったりとした時間が過ごすことができることにまた、しあわせ感を感じながら時間は経過していった。私にとってのこの至福な時間のクライマックスは、第三楽章であったがいっそうのことこんな静かな入りの中で深い眠りにあったならとまた、そんな時間を思い出したりする。
まあ、いずれにしてもここ数週間は完璧に曜日の感覚を失って日々を過ごしていることに我ながら驚嘆する。そんな中で、やっぱりどう考えても無駄な動きとしか判断できないものあるが、散らばっているがブレーキを掛けるのにもエネルギーを必要とするところにまた、歯痒さを感じる。今、集中して読むことはできていないものの、筑紫哲也著『』岩波新書が『もったいない』をテーマにしていることが、何故か不思議な感じがしてならない。私自身の、手帳の繰り越し、そして年賀状の投函がいつなるのだろうと、少しづつ気になっている。そして、来月に予定しているハーフマラソンもであった。
[ テーマ: 日記 ]
2011年12月18日23:22:00
ここ数日、私自身を気持ち良い気分にさせてくれることが多くなった。そんなことが忙しい中でのオアシスになっている。本当に忙しく動いている。この土、日曜日は仕事で仙台に行くことになって、気になっていた弟のマンションをこの目で確認することもできた。彼も半壊したマンションの復旧で、大変な立ち位置でこの数ヶ月を対応しているものの、誰でもできることでないから、敢えて引き受けてやっていることに応援している。
本当に、自分自身のことに家族のことに必死でしがみついて、将に自己満足に浸りきって日々暮らしていることが普通であったら、ちょっと少しだけ違った立ち位置でいる人達って本当に必要なんだからと、そんなことに接していると、ちっちゃなことには拘りが薄れてきたりするものである。
やっと落ち着いて駅ビルで遅い昼食はラーメンをそんなところに、やっぱり気持ちを和ませてくれる電話を受ける。「こんな休日の、こんな時間に良く出てくれました。」そして、「今、大阪何ですけど、明日の夜は空いていますか。」、と、プロダクションW社長からであった。「残念なんですけど、明日は、サントリーホールで、第九演奏会を、そして、それから三人の忘年会が恒例行事なんですよ。」「高畑淳子さんのこの前に話題にした舞台が明日でして如何かと思って連絡しました。」そう、そんな会話を思い出した。仙台発16時26分発はやて30号は、17時42分には大宮に到着した。NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』 を楽しむことができた。そして、浴槽の中では、筑紫哲也著『スローライフ』岩波新書は、ロハスがテーマであった。
[ テーマ: 日記 ]
2011年12月15日23:48:00
私がサラリーマンを卒業して以来、いろんな異業種交流会に参加してきた。そんな中で、今日はもう一年以上も参加していなかった異業種交流会に参加した。60名ほどの参加者が北海道から九州まで、主催者Nさんのカラーで参加する。そして中央官庁のキャリア、大手企業の部課長から、「食」による町起こし村起こしのリーダーと実にバラエティーに富んでいる。
全国をひとり飛び回っているNさんは、私へのお願い事にも浜松町の駅で、時には羽田空港駅で待ち合わせして対応してくれるエネルギッシュな67才である。その方が主催する3ヶ月毎のイベントは、この国の原動力を感じることができる。私が誘い入れたN弁護士も今では、私以上に参加意識があって存在感を発揮されていることが本日も嬉しい限りである。
今回は、秋田県からの地方色が際立っていて、B-1グランプリ『男鹿しょっつるやきそば』のKさんとは意気投合することができた。M商事のUさんとも久し振りに会話できたことはまた有意義なひと時であった。この異業種交流会にも積極的に参加しなければならないとまた気持ちを新たにする。
[ テーマ: 節目の時に、 ]
2011年12月14日13:22:26
私自身のことで、いろんなことが変化している。ここ数日の行動でも、体力的にいつもと違った行動パターンであった。今月も、あっと言う間に二週間が過ぎようとしている。そしてまた、大きな変化もあった。少人数であったが、協力を得て私自身にとっても大きなモニュメントに終止符を打った。
昨晩は、疲れきった私の身体がビールを飲みながら眠ってもいい状態でテレビの報道番組を見ていて、パソコンに向かっていた娘に「いいよ。」と言った直後に爆睡して、目覚めたのが夜中の2時40分であった。喉をやられて風邪をひく一歩手前で、数日前にも同様であったが、風邪薬を飲んでペットボトルを持って浴槽へ、最近は、防水機能のあるこのスマートフォンと新聞を持ち込むことがパターン化している。持ちこんだ新聞の特集、耕論は『震災を記憶する』であった。三人の論客が文章を載せているいつものである。この大震災を忘れさせないモニュメントであった。南三陸町長、「記憶・歴史・記憶」フォーラムを設立させた笠原一人さん、首藤伸夫教授の三人であった。投稿『声』欄に、「似ているあの戦争と原発事故」と載っている。歴史を知る努力することの大切さを改めて感じている。太平洋戦争に突入した時代から広島・長崎原爆投下されて敗戦を迎える。それから、今回の福島第一原発事故を経験している。そんな世の中と、私自身が歩んでいる道がある。
中学生時代に英語の文法で学んだ、能動態と受動態が印象的であって、私自身はいつ何時でも能動的でありたいと意識してきた。それでどのようなことだったのか具体的にあらわすことはできないものの逡巡躊躇して先に進まなかったことはなかったようである。それから、変化を求めて朝の自宅周辺の10kmのランニングで汗を流した。まあ、簡単に走り出せる習慣が身についていることに我ながら良かったと安堵している。昨晩は、赤羽で帰り道で久し振りに本屋に入った。直木賞作家の中村彰彦さんの文庫本を買ってと入ったものの文庫本のコーナーまで辿り着かないことに我ながら笑ってしまった。何冊もの読みかじりに気付いたのも、本屋をうろうろしていたからであった。さあ、明日は、また、一年振りのご無沙汰してしまったS先生のイベントと懇親会である。浮き草暮らしの辛過ぎた今年もどうやら、少なくともお世話になった方々とは会話して、挨拶できそうである。そして、また、プライオリティをきちんと考慮して、また、日々、ひとつ、ひとつである。やっぱり、ここ数日都内への移動は、今までずうっと続いている電車でのボーッと出来る時間がいい。そして、こうしてまた、何でもないページが増えている。
[ テーマ: 節目の時に、 ]
2011年12月11日23:26:00
ひとり静かに物思いに耽っている。日曜日の朝、引っ越しする事務所での最後を早朝からと決めて明るくなる時間を待って家を出た。車が空いているのは快適であったが、時々真っ正面からの陽の光があまりに眩しくて鬱陶しい状態は、車の運転が好きでない私には辛いものがあった。そう言えば、早朝に運転することで、東に向かうことが最近は無くなっていた。先日の早朝に行った大月も西に向かって同じように快晴で富士山が朝日に輝いていたのを思いだす。
10時に準備していたダンボール箱を引き渡しが終わって今日のひとつが終わった。昼食も兼ねて、デジカメを持参して慣れ親しんでいる水戸藩奥座敷小梅亭跡の公園をジョギングして散策する。今年の神宮外苑の銀杏並木を見ることはできていないが、こんな浅草そして向島をジョギングしながら秋の深まりを感じるのも今年かなと感慨深くと言ったセンチメンタルな気分になった。
桜橋を渡って浅草へ、猿楽町の標識を入れて東京スカイツリーを撮った。それから、『ラーメン弁慶』で少し早い昼食をすすった。そう、ここも転勤する頃の思い出スポットであった。浅草寺でお参りをして、駒形橋を渡ってまた、墨田区に戻った。ゆっくりと、ゆっくりと私自身のサラリーマン時代から、スピンアウトしてからの波乱万丈な日々を思い出すようにジョギングを楽しんだ。それから、また現実の事務所での片付け作業に集中する。
[ テーマ: 健康・からだ ]
2011年12月10日23:18:00
土曜日の朝は、吾妻橋を渡ったアサヒビールの下でコーヒーブレイクをする。増田明美さんの爽やかなトークを聴きながら、ボーッと過ごしている。昨晩は、五時過ぎにタイミング良く東京駅へ向かう電車の中に、浅草支店当時のSさんから浅草うどんすき『杉』への誘いであった。数日前に、浅草支店へ手帳とカレンダーを貰いに行った。私にとって、この頃の決まっ行動パターンで、Ⅰさん、Kさんとカウンター越しの近況報告をする。歩きながらSさんに電話してまた近況報告を、それから浅草うどんすき『杉』に行こうかと、そんな会話は、こんな張り詰めた一日の終わりには余りにもお会いするのにぴったりなひとりであった。
近況報告の中での、急死されたⅠ社長については複雑な気持ちであった。そして、やっぱり寂しさを覚える。私よりも十才年上であるSさんの今は、スローライフを満喫している。私の周辺には、この辺りの年齢でそんなスローライフをいろんなスタイルで満喫している方々がいる。スーパーゼネコンK社のOBであるSさんも、ドングリ独り語りを発信して頂くスローライフを楽しんでいるひとりである。郷土の歴史を知ることの大切さを繰り返して私にレクチャーしてくれるサブスリーランナーは、有名な方々と簡単に会話することを特技としている。
今日も丁度私の単調な引越し作業にタイミング良くひと時に電話があってまた、オアシスの会話であった。直木賞作家中村 彰彦さんが近所に住んでいて、会津藩について多くの小説を提供していることも羨ましい限りである。もうこの話題も暫く経過しているのに、今だこの方の小説を一冊も読み終えていないが、年末年始の時間に読書三昧ができたらと思いつつである。そして、この作家の歴史小説がスーッと私自身の鮮血となることを願いながらである。
[ テーマ: 読書 ]
2011年12月7日23:24:00
『ならぬことはならぬことなのです。』私は、少し前から、ふと気づいたことをポケットのレシートにメモするようになっていた。しかし、残念なががら、そのことは殆ど上手に利用されることはなかった。そして、そんなメモは、この携帯電話にも残すようになった。そんな中に、『ならぬことは・・・・』がメモされていた。いつか、会津出身のSさんから、この内容の世界である『什(じゅう)の掟』について、レクチャーを受けようとメモしてあった。
我が家でも、今更にこんなルールが浸透していたら、もう少しだけ周り道と不要な会話をしなくても良かったと思うが、また一方において、まだいろんな局面でも向かい合っていることに有意義であると感じたりもしている。真っ正面に振る舞う私を大変な父親だと思っているふたりの子供達のことも思ったりする。来春はふたりとも社会人となって、もうこんな暮らしも終了してしまう。ふたりとも既に人格は、形成されている年代であるが、父親は、まだまだ子供であると罵声を飛ばす。父親が強気であったら、子供達も強気で決して簡単に妥協することはない。こんな時には、たわいないことでも大いに増幅される。また、フォローしないと嫌われてしまう。と、こんな事の繰り返しで日々は過ぎていく。
やはり年の瀬は忙しいものである。そして、いろんなことから殊更にこの数日はバタバタしている。ひとつづつ前に進んでいたら良いのだが、進展しないで日々が過ぎていくところが歯痒いものである。まあ、今日も連絡を取りながら、一日があっという間に過ぎていった。『ひとり仕事術』の私は、スマートフォンの活用ともうずっと同じ形式の手帳で日々を過ごしている。そんな私は、筑紫哲也著『スローライフ』緩急自在のすすめ 岩波新書を読み始めた。食文化から書き出しているが、面白そうな話題である。未曾有の東日本大震災そして、福島第一原発事故が起こってしまった今年を何らステップアップできないままに、国会も、マスコミもヒントすら与えてくれない。
[ テーマ: 節目の時に、 ]
2011年12月5日23:27:00
晩秋の今日も日中は少し風が吹いているものの良い天気であった。そんな今日の夕日に映える紅葉が輝いているそんな風景に安堵を感じる。デジカメの限界を感じつつ、まあ若干足りとも表現できているかと自己満足に浸る。こんな風景に時々めぐり会うことがある。
少し無理して、帰り道の20分程度であったが、ランニングで少しだけそして、汗の掻き足りない分をサウナに入って補って、それから夜7時に錦糸町で約束したTさんとの約束を忙しく駅に向かった。こんな時間でも、何人ものランニング仲間と会話する。白髪で82歳だと言う老人はもうこの施設を40年間利用していると今日も会話した。
私にとって、大局的にいろんな話題を話してくれるTさんとの会話は、過去で有益なことが度々であった。久し振りなことと、限られた時間の中でも私にとって、その内容については、満足に満ちた会話であった。この半年であろうか、もう一年であろうか、どうもペースに変化が生じている。この変化を良好な方向で時間を費やすようにしなければならない。まあ、ここ数年、そんなことの繰り返しであった。もう何年も同じパターンで使っている手帳も毎年の行事のように準備した。
[ テーマ: 健康・からだ ]
2011年12月4日23:38:00
天気の良い一日であった。長男が手伝ってくれて本所吾妻橋からコピー機を自宅に移動した。多いに無理な作業であったが、アルバイトで引越しを経験している長男の手際良さが無事に完了することができた。子供の成長と私自身の体力と動作の衰えを少しだけ感じたひと時であった。時間的に少し早過ぎる昼過ぎであったが、その後の過ごし方からこんな時間が適切であった。
帰り道は、言問通り、本郷通り、北本通りと高速道路を使わずにゆっくりと、結果的には都内の紅葉をフロントガラス越しに観ながら、そして、普段交わすことのない何気ない会話を楽しむことができた。福岡国際マラソンで、埼玉県庁の川内優輝さんがまた、国内最高の3位に入ったことも知らずに、未だ冬の日差しは強く差し込んでいた。
こんな日には、やっぱり走って汗を掻こうと、もう陽が落ちるような時間であったが思い立ってランニングをすることができた。走り出す前に、ベランダからあまりにくっきりと描き出された霊峰富士のシルエットを撮ることができた。向かい風の厳しい走り出しであったが無理せずに走ったら、気持ち良いランニングをそして気持ち良い汗を掻くことができた。こんな心地良い疲労感で日曜日の夜を過ごすのも久し振りであった。
NHKドラマ『坂の上の雲』は、来週が203高地の攻撃である。今年の師走は去年とはまた少しだけ違っているようである。こんなときは、このブログをそれに手帳をみると去年どんな心境で何に取り組んでいたのかが解ってくる。やっぱり今年は、ランニングが去年よりもできていない。体調が少しだけ気にかかる。