[ テーマ: ランニング ]
2009年12月1日17:05:47
師走、何かと忙しい感じのする日々が始まった。両足だけでなくからだの節々が筋肉痛である。朝の日差しに後押しされて筋肉痛を解そうとゆっくりとランニングをする。土曜日の朝走って紅葉が今見頃な与野公園まで、少しだけ遠回りしながら朝露が清々しい。そう、もう少しランニングも時間を費やさねばと早速行動に移した。
昨日は、朝から何かと忙しかった。そして、夕方の浜松町でのY社長との打ち合せは、気合負けしてリードできない不甲斐ないものとなった。19日のイベントでコメンテーターを一緒に御願いしたY社長にお礼の挨拶も兼ねていた。このイベントで発表した分野についてもステップアップすべくまとめておかなければと思う。今読んでいる、藤原和博著『リクルートという奇跡』文春文庫が面白い。今週末までは、リクルートの世界を楽しませて貰う。この方が教育界をリードすることに興味を抱きながらである。
日経ビジネス2009.11.23 の後ろの方に、「新・農政は発想の転換から」と言った記事を読んだ。「産業農家にこそ、支援を」コメの補助金政策をはじめとする兼業農家の保護から、産業農家の育成への転換を希望しているが、その通りである。日経新聞でもニッポンの農力 第3部 コメはよみがえるか 特集記事が続いた。食の安全についても仕事上関係が深くじっくりと取り組んで考え方をまとめねばと思う。
[ テーマ: 読書 ]
2009年12月2日23:23:00
藤原和博著『リクルートという奇跡』文春文庫を大変興味深く読むことができた。この本との出会いがまた、偶然であったからインパクトはより大きなものとなった。今回の事業仕分け作業に参加してニュース番組に著者が報道されたこと、新橋駅前で待ち合わせをしてその場所で古本市場をやっていて、その10分足らずの間に偶然見つけた文庫本であったことである。また、著者については、リクルート出身で都内の公立中学校の校長経験者であること以外に何ひとつ予備知識がなかった。
エピローグは、「河野さんはいつ社長を辞めるおつもりでしょう。」で始まって、プロローグも同じ文章に、葉山の研修所の跡地を落札してそこを別荘にして住んでいることを批判して終わっている。まあ、こんな表現も有りかと少しだけ納得して読み終わった。
リクルートの歴史を企業内での社員の立場から自由闊達な社風の影響がどのように影響して経営者側との紆余曲折を、著者を通して著わしている。
NTTドコモの松永真理さんを始めとしてリクルート出身者がいろんな分野で活躍している。その中のひとりが教育界をリードする著者であるが、いろんな局面に対峙する時の姿勢について今、必要な何かが秘められているような気がしてならない。政権交代して77日目、政治について、経済についてどんな目線で感心することが大切なのか。それ以外にも、きちんと進ませねばならないことが山積している。手帳を繰越せねばである。
[ テーマ: ランニング ]
2009年12月3日23:28:00
雨の日も、ランニングで汗を流したら気持ち良いものである。夕方になっても、肌寒い雨は降り続いた。少し無理して、国立競技場に向った。スタンドの下、回廊を1キロ毎のラップを刻みながら無理しないで5キロを走った。それから、またゆっくりと8周して10キロを走り切った。
久し振りにR25を読みながら帰りの電車となった。総じて興味深い記事はなさそうである。カラヤンのベートーヴェン第九交響曲をバックグランドに巻末の、石田衣良著『空は今日も青いか?』は面白かった。「ぼくは、 いきすぎた格安商品や、いきすぎたエコ商品が好きでない。」世の中が不景気だから暗く眉間にしわを寄せて過ごすのは、愚の骨頂である。だからと言って有頂天になるのは馬鹿である。「こんな時こそ、だからこそ、今年は自分にきちんとご褒美を贈ろう。新しい1年を頑張り通せるように、きみ自身と大切な誰かに素敵なプレゼントを贈ろう。」 と、実に前向きで嬉しくなった。そう、少しだけ無理して、である。
読書は、新渡戸稲造著 『武士道』 PHP文庫 となった。数年前に、藤原正彦著『国家の品格』新潮新書を読んだ時に購入しておいたものである。肌寒い雨降りの一日であった。念ずれば花開く、そう、明日までにの対応は、ひとつ解決した。また、ひとつ、ひとつである。
[ テーマ: ランニング ]
2009年12月4日23:28:00
昨日の肌寒い雨降りの一日から一変して少し北風の強い、そして移動する電車の窓からは冬の日差しが差し込んで眩しい良い天気である。ニュースは、沖縄の米軍普天間基地移転先について、バラバラな鳩山政権を報道している。中途半端な方向性は最も悪いが、ベルリンの壁崩壊して東西冷戦の時代は過去のものとなった今、日米安全保障もまた、違った方向性を模索すべき時期にあることも課題であろう。
上野駅から浅草へ、上野駅浅草口の高速道路の脇に建設中のホテルがだいぶ進行している。「三井ガーデンホテル上野」と表示してあったが、 東急建設が施工している。やっぱり、大手企業である。その間に、友人のSさんからの電話があった。就職先への出勤初日で意見が折り合わずに止めてしまったとの電話であった。
その後、浅草支店に取引の事務手続きそれに、いつも使っている手帳とカレンダーを頂戴することも目的であった。担当者との会話から、F嬢が都内店舗で支店長に昇格したとの朗報を聞く。
それから、南砂町からまた田原町へ移動して、最後は信濃町で下車して会話しながらのランニングは、リラックスできた。そして、8時過ぎからのランニングクラブの幹事会へ、これが、土曜日の早朝からのパソコン作業へと時間が経過する。そう、随分と充実感ある週末となった。
[ テーマ: 日記 ]
2009年12月5日23:46:00
「変わり易い日々の天気が続くこの頃です。皆さんは順調に体調万全でマラソンシーズンを迎えることができていますか。私事の多忙にかまけて、会報の発行が遅くなってしまいました。深くお詫び申し上げます。気が付きと師走になってました。本日は、埼玉スタジアムへJ1の最終戦 浦和レッズ対鹿島アントラーズの試合を鹿島アントラーズの応援席で慣れない雰囲気を味わってきました。氷雨の降る中で何人もの若者が上半身を裸で応援する姿には、圧倒されました。」と、
会報の編集後記を帰りの車の中で準備した。劇的なゴールシーンを目の前で、そして、最後の浦和レッズの猛攻を観戦した余韻に浸りながらであった。
「ランナーズ新年号『やっぱり30km走は裏切らない』のページを読みましたか?
まだまだこれからがフルの本番、自分の目標と 負けられない・負けたくない良きライバルがあって練習の質も高まります。」と言ったメールを受信する。パソコンに向かった「静」そして、その間に、氷雨が激しく降り注いだ埼玉スタジアムの「動」と随分長い一日は、まだ続く。
普段すれ違いの多い長男と先週末の河口湖マラソン、そしてサッカー観戦を誘ってくれた。まあ、こんなものかと思いつつである。今日は、走友クラブの会報を編集してメールにて発行せねばである。今、八合目程までとなった。もう数時間を集中せねばである。
[ テーマ: 読書 ]
2009年12月6日23:26:00
雨上がりの日曜日は快晴で無風、ジョギングしながら図書館経由、また、与野公園へ気持ち良い午前中の二時間であった。図書館では、数ヶ月前に読んだ丹羽宇一郎著『金融無極化時代を乗り切れ!』文藝春秋 予約登録しておいた書物であった。睡眠不足だったんで、体に負担にならないようにいつものようにゆっくりと走った。
読書の中心は、新渡戸稲造著『武士道』PHP文庫 である。ゆっくりとしたペースで読み進でいる。1899年にペンシルベニヤ州で書いた著作である。『日本人』をあぶり出している。また、興味深く読めているのが爽快である。アダム・スミスが出てくるところに少しだけ共感する。そして、大切なことは何なのかをゆっくりと考えながらである。
今年もたくさんのスナップをデジカメに取り込んだ。そして、また少しづつこの画面もペースが戻って来つつある。急激に変化しないことも判っているものの、何とかならないかと模索する。ゆっくりと、遠回りしながら、直球しか投げられないことも判っています。また、月曜日が始まる。ひとつ、ひとつである。
[ テーマ: 日記 ]
2009年12月7日23:18:00
何か良いことがないかなと思うことがある。ベランダの花壇、と言っても数個の草花の鉢植えであるが、水遣りをする。夏場と違って今頃は時々ホントに気が付いたときで充分である。そろそろ終わりで植え替えする時期だなと思いながらであった。
そして、もっと時々なのが、胡蝶蘭のふた株への水遣りである。今年は愛情が希薄だったんで期待してなかったが、何と花芽が付いている。花芽をつけることは至難のわざなのかも知れない。そう、何か良いことがないかなと思うことは、こんなのがちょうど良い。とっても良いタイミングで胡蝶蘭の花芽が付いているのを見つけた。行徳までの少しだけ距離のある午前中の電車内は、少しだけボーッとしながら時間を過ごした。
そんな電車内で日経新聞の朝刊をめくっていると、全面広告のページ数の多さに酷さを覚える。馬鹿みたいに数えると何と12ページ に全面広告が拡がっている。そして、半面広告が9ページ、3分の1広告面が 13ページであった。40ページの中でこんなにも多く広告を載せなければいけない経営内容なのかと思う。先週であったか、朝日新聞の全面広告に多くのスペースを少年ジャンプの広告があったのを思い出す。
朝晩の北風を酷く感じた一日であった。ランニングで汗を流そうと思って行動した気持ちは、池袋での六時に味わった寒さで萎えてしまった。明日は、朝走らねばと思いつつであった。念ずれば花開くの如くである。
[ テーマ: ランニング ]
2009年12月8日23:15:00
穏やかな朝で無風状態は昨日の北風はなかった。そんな朝に10KMのランニングできた。昨夜の北風に萎えてしまった自分自身に厳しく対応したかったからである。走った距離は、裏切らない。42.195kmを気持ち良く走りきる為、ただその為にである。
来年の高島暦を見る、『一白水星』と即座に答える。「同気相求む」とあった。そして、「物事が成り立つ時は、必ず同じ志や方向性を持つ人や物が共振共鳴して、引き寄せられ、いっきにエネルギーが集中し融合する。その結果、個々の力では到底なしえないことが実現するのである。」多いに共鳴して、繰越している来年の手帳にコピーして添付した。
「何か良いことないかな。」とは、自分自身で呼び込むものであると、新たに意識することと再認識する。第二弾の藤原和博著『人生の教科書 人間関係』ちくま文庫を購入して読み始める。待ち合わせ時間を調整して書店に入って購入した。新橋駅であった為に、このような著書となった。また、面白い。そう、こんな読書もありである。明日の朝もまた、走ろうと思う。
[ テーマ: 読書 ]
2009年12月9日23:23:00
赤羽駅で埼京線に乗換えをする。10分の乗り換え時間があると駅中の本屋に入る。大抵は、どんな本が目立ったところに並んでいるかと、言ったところでほぼ買うことは無い。ところが、この本屋で衝動買いしているケースが随分と多いものである。山本コウタロー著『誰も知らなかった吉田拓郎』イーストプレス文庫を購入する。著者は、一橋大学社会学部卒論が吉田拓郎であったことは、随分と昔に聴いていたが、そんな著書が文庫本になって発売することは知らなかった。
1974年に書かれた著書であることが新鮮である。35年前までの時間の中を私自身の自分史を頭に描きながら読み進める。この種のものを読んでいると、「ああ、随分いろんなことを経験しながら、ここまで来たそんな今である。」と感慨深く読み進める。藤原和博さんを読み進める一方で、今回の世界が見つかった。活字の世界の面白さをもっと楽しみたい。
今年も残すところ20日余りとなった。やらなけばならないことがまだまだ随分山積しているが、有益な時間を費やさねばならない。時間を拘束されることは辛いものである。ビッグサイトで、エコプロダクト2009出展で時間を拘束される。有益な時間を過ごせないことが残念である。その中で、有益な時間を過ごそうと思う。こんな時は携帯電話がホントに便利だと思う。
[ テーマ: 作詞・作曲・歌 ]
2009年12月10日23:21:00
[ テーマ: 作詞・作曲・歌 ]
2009年12月11日23:28:00
[ テーマ: 日記 ]
2009年12月12日23:23:00
ビッグサイトでのイベントが10日から始まって、12日土曜日まで開催された。エコプロダクツ2009 に併設のバイオマス展に出展であった。今年で二回目の経験である。大変な来場者であるが、果たしてその効果と言ったら疑問である。私が関係するベンチャー企業はイベントへの出展が大好きである。先月、中小企業総合展とアグリビジネス創出フェアを既に出展参加している。日本を代表する企業から、中小企業そして、NPO法人も出展している。
ビッグサイトへのアクセスは、埼京線で一直線である。朝の1時間10分を座ったまま過ごす。土曜日の最終日は、ベートーベンのバイオリンソナタを聴きながらであるが、となりに座る女性の化粧作業が、酷く欝陶しく、そして臭いが鼻につく。そう、朝の電車内での女性の化粧が随分目立っている。大胆だなと思っていたが、となりで化粧するのは初めてだったが、そう匂いが酷く欝陶しく感じられた。
本質的なものに進展と変化が提示されないままに時間が経過する。こんな現象が、身近なところで、また政治のレベルでも散見され苛立ちを感じる。何をしなければいけないのか優先順位が理解できていないのか、きちんと整理できていない。
「普天間基地移転問題」について、短期的解決策は辺野古基地移転を容認すべき対応である。社民党福島党首の主張に対して、また亀井国民新党党首の発言が目立ちすぎである。三党連立政権であることは明確であるが、鳩山首相のリーダーシップが示されなかったらこの政権は終わりである。国防政策 日米安保体制 基地問題 沖縄基地問題と「普天間基地移転問題」について、今やるべきこと、そして時間を要して解決していく問題と、すべてここで解決問題ではない。
[ テーマ: ランニング ]
2009年12月13日22:28:00
土曜日は、五時までの開催であったが、三日間の拘束された時間から30分前に退出した。携帯電話で大半を対応したリバウンドであった。携帯電話は、こんな状況でおおいに活躍した。そして、夜少し遅かったが、10KMのランニングで汗を流すことができた。
本日の日曜日も、10KMのランニングで汗を掻いて、それからの浴槽での読書も充実できた。読書は、山本コウタロー著『誰も知らなかった吉田拓郎』イースト・プレスであった。ほぼ半分まで読み進んで325ページの少し厚めの文庫本もあと数日で読み終わる。さあ、大切な一週間となるが、時間を有効に使って過ごすことである。
休日のニュース番組の内容が詰まらないものであった。テレビ番組が興味を沸かさないところが逆に良かった。テレビ画面に向かったのが、『坂の上の雲』のみであったことが、特に良かった。
[ テーマ: 日記 ]
2009年12月14日23:18:00
年末年始の過ごし方の話題がでる。もう、今年も終わりであるが確定していないことも残されている。電車での移動時に、携帯している今年の手帳と、準備して使用しつつある来年の手帳に書き込みをする。携帯電話の通話履歴も参考にできる。11月から今月、そして年明け1月と予定を中心に過去の動きも加味しながらである。
先週の水曜日に、銀行OBと第一弾の忘年会を恵比寿に集まった。ある部署での四人が年に3、4回程度恵比寿に集合する。健康管理の話題が、年を経るごとに多くなった。毎年する健康診断にチェックが随分入ってしまうようである。そんな、私はここ4年の間、健康診断を受けることがなく過ごしてしまった。22日に別の部署で、そして、年明けには、新年会が浅草で予定である。
本日の最後は、IT会社のY社長から予定されない、いつもの携帯への誘いであった。先月、19日の40分スピーチで残り20分を私よりもスマートにお手伝い頂いた信頼できるY社長である。処々への目線が、私と違っているんでアッと言う間のいつもの会話となる。本日は、いつもと雰囲気を変えてみるが、会話の展開はいつも通りであった。
[ テーマ: ランニング ]
2009年12月15日23:18:00
田原町から国立競技場へ、また、寄り道をしているとたどり着けない。振り払うと余裕を持って汗を流せるスタイルに着替えることができた。本日は、10000Mの記録会と思っていたが、練習会であった。風が無い分寒さは余り感じ無かったが、やっぱり寒いトラックであった。充分にウォーミングアップをして、ボーッとする時間も加えてスタート時間を迎えた。十数名の参加でスタートする。私のペースメーカーはOさんで5人の集団は良いペースで途中までリードして貰った。残り2000Mで集団の中からWさんが前に出た。
1000Mは何とか後ろにぴったりとコバンザメのように、纏わりついたが最後の1000Mでまた、グイッと引き離された今度のタイミングは、付いていくことはできなかった。結果、20秒ほど引き離されて47分48秒でゴールする。練習不足で途中リタイアも考えていたが、最後まで気持ち良く走ることができたことに感謝する。
帰り道は、H嬢さん、Wさんに誘われて、喉越しビールを堪能する。一時間の会話は久し振りに会ったからいろんな話題で盛り上がった。走ることの友人達との交流が少しだけ遠ざかっていたんで、疲労感にビールの酔い加減が気持ち良い帰りの電車となった。
[ テーマ: 日記 ]
2009年12月17日23:26:00
普天間基地移転問題を鳩山政権は先送りする方針をだした。そして、昨日はガソリンの暫定税率の維持と子ども手当に所得制限の二点についての要望書を小沢幹事長が鳩山政権に提出した。
経済状況がスピード感に満ちた右肩上がりの世の中であったら許される判断かもしれないが、今は決してそんな状況下にないことは明白である。自民党の長期政権で溜まりきった膿を除去しなければならない使命感は認めるものの先送りは、最も悪い方針であると思う。加えて火事場泥棒のように連立政権の悪いところを示している、国民新党と社民党の発言と行動には野党的な発言の延長線上にあると判断されてもと思われることが多過ぎる。私の周辺でも、これと同じような状況から脱出できない姿を見ている。今、何を検討して具体的に判断して前に進めるかを大局的見地に立って進めねばならない。影響大である状況の脱出が、緊急課題である。
今週、何と無くであるが達成感に浸ることができた。そう、昨日から今日にかけての仕事上の積極的な対応で、遣るべき事柄が私が能動的に動くことで脅威的な早さで終了した。そう、そんな出来事であった。そして、もうひとつは、今週のランニングへの対応である。火曜日、そして本日の木曜日と少しだけ無理して、帰り道に国立競技場へ足を向けた。火曜日は、トラックで10,000Mの練習会に参加して、本日は東宮御所を3周して戻ると、トラックでの5,000Mのタイムトライアルへの参加を誘われて、2,000M走ってすっと中止してしまったことである。左足ふくらはぎがピピっと反応したからであった。
また、故障したら馬鹿である。それは、また辛いのは私自身でイライラが発生する根源となる。少し無理して参加したが、途中で止めるのも私自身である。少し無理して、そう積み重ねが大事である。走ることだけじゃあない、何事にも通じることである。
[ テーマ: 読書 ]
2009年12月18日23:26:00
私が会話した内容の中で、残念なことを耳にしてしまった。ある人が一ヶ月前に会った時の様子を間接的に聞いて、それをまた、大変のようだとまた、別の数人の人達に伝えている。私は、十日ほど前に直接その方に会って様子を理解していて、今日も、その方とメールでやり取りをしている。そう憶測で多くのことが会話されている。
会話に加わることできない共通の人を話題することがある。世の中、そして周囲の風評は大切ことであるが、また、事実と違った風評もまた、同じくらい世の中を判断させる。残念なことである。兎角、自分のことよりも他人のことを面白おかしく話題にすることが常である。
山本コウタロー著『誰も知らなかった吉田拓郎』イースト・プレス文庫 ぎんが堂 を読み終わった。1974年(昭和49年)に著わされた吉田拓郎の28歳まで嵐の中を気持ち良く読んだ。そして、この本を読みながら私自身の自分史を著わすきっかけを作ってくれた。高校3年だった私がテレビの前で、多分『春だったね』と他に数曲を聴いていたそんな姿をはっきりと思い出すことになった。
[ テーマ: ランニング ]
2009年12月20日22:28:00
『18時開演~TAKURO YOSHIDA LIVE
atTOKYO INTERNATIONAL FORUM 』
吉田拓郎の11月発売の最新アルバムをiPodにインストールした。そして、聴きながら図書館へ、郵便局へそれから書店とジョギングしながら楽しんだ。最新アルバムには、多くのMCが入っていてコンサートの臨場感150%と最高であった。また、新しい電車の中での楽しみが増えた。
そんな土曜日と一変して本日は、朝 7時16分の埼京線最寄駅から乗車して、皇居での忘年駅伝参加であった。風が無い分凌げるが寒い朝であった。勿論、電車の中はきのうインストールした『18時開演~TAKURO YOSHIDA LIVE』を聴きながらであった。有楽町で下車して、皇居のスタート地点へ急いだ。本日は、第二走者で組み合わせした幹事に感謝であった。ゼッケンをユニホームに装着してから、アップをして体を温める。第一走者のOさんは、22分前後で戻ってくるんでスタート地点で待った。
ほぼ予定通りのタイムで襷を引き継いで、先ずは竹橋まで平坦なコースを、前を走る何人かを目標に余り無理せずに追い越しながら少しづつペースアップする。そして竹橋から代官町の高速入口とここからが頑張りアップ地点である。何とかクリアしてあとはほとんど下り坂をゴールまで、少し時間が掛かっているなと感じつつゴールした。多分、ベストかと思うが22分10秒以内でゴールできた。21分台で走らねばと思いつつまだまだ壁がある。
走友会の集合スナップを撮って皇居忘年駅伝は無事終了した。リュックが少し鬱陶しい感じであったが、ポカポカ天気に誘われてひとりデジカメを片手に、皇居から国立競技場までジョギングを楽しんだ。ゆっくりとサウナでまた汗を流して、気持ち良い時間をすごした。23日の長距離練習会も予定されているため、走友会の忘年会は参加せずに家路に着いた。
[ テーマ: 日記 ]
2009年12月21日22:22:00
師走の月曜日は、能動的に動けた一日となった。午前中の予定を済ませて、12時過ぎに上野駅構内から連絡した電話から急に忙しくなった。田町駅改札口で13時30分の待ち合わせとなった。そして、田町駅で打ち合わせすることから、徒歩7分のもう一カ所年内に挨拶したかった会社へと良い動き方であった。
久振りの突然の訪問に社長をはじめ歓迎される。そして、渦中の民主党のキーパースンと長い期間にわたって友人関係にある専務との会話は、また、刺激的である。この方との読書談議は、正岡子規からドストエフスキーへとまだまだ読み続ける精力的な読書量に圧倒される。
それから、携帯電話へ受け取る連絡でまた地下鉄で移動する。また、今度も二ヶ所の打ち合せとふたりだけの忘年会は、田原町での年内に処理すべき前向きな仕事の打ち合せであった。そして、もう一ヶ所は、「今日は都内での仕事納め、Mァーちゃんが風邪気味で振られたんで、どーだい。来られるかい。」と、三時過ぎに受けた連絡は方向もぴったり浅草寺の境内裏で5時半に待ちあわせとなった。課長時代は鬼であったとの噂を耳にすることのあったS氏は、今、「ありがとう」と感謝して、「たくさん大笑い」して過ごすんだと6月に生まれてくるお孫さんの話題となる。
「何かあったら、いつでも言ってこいよ。」と頂くが、御願いごとの経験は一度もない。「どうだ、○○するか。」とすべて、ほとんど終わっている。そして、大笑いをしながら私の不器っちょさを話題に、また大笑いしながら話す。そして、八時過ぎには、必ず浅草寺の境内を歩いて帰途の駅で別れる。また、最後の歩きながらの会話は、健康の話をしながらであった。
[ テーマ: 日記 ]
2009年12月22日23:22:00
本日を含めてあと10日で今年も終わる。同じ一日ごとの毎日で、年末年始をそれほど重要には考えないと言った友人との会話もあるが、私は、節目を考えながら日々を過ごして行きたいと年末年始を意識する。「年賀状は、25日までにお出し下さい。」こんな、メッセージもまだ出来てないけど、何とかしたいと思いながら年末を迎える。
夕方、渋谷南口の東急プラザへ向かう。軍隊の服装をしての募金風景、少し先にキリスト教の昔からの風景とああ、まだこんな風景があったんだと思いながら、軍人ラッパを吹いているのが随分若い女性そして、もうひとりも若い男性に何だろうこの姿はと少しだけ感じながら通りすぎた。
S支店の皆さんとの忘年会に参加する。久し振りに会う顔ばかりだったんでまた盛り上がった会話を楽しんだ。慌しい一日であったが、こんな一日で終わるのもたまには良いものである。10人ほどの忘年会であったが、皆さんと会話できないのが残念である。そう、会場から駅に向かう歩きながらの一言ふた言の交わす会話も良かったと思いながら家路に着いた。
[ テーマ: 日記 ]
2009年12月26日21:27:00
25日の明け方3時頃から、体調不良で今年最悪となった。胃痛から極度の下痢で、毎年の暮れのメインイベントであるサントリーホールでの『ベートーヴェン交響曲第9番合唱付き』指揮オスモ・ヴァンスカ 読売日響をどうしようかと多いに迷った。そして、ここ数年のあいだに第3楽章をどんな心境で聴いているかが、とても大切なひと時となっていた。そう当然のことながらクラシック音楽に精通していない私であってもである。夕方、早めにメインイベントを遂行すべく時間に余裕をもって行動に移した。今年は、特に第3楽章が聴きたかったのかもしれない。
どこでもトイレに駆け込める準備をして、そしてコンサート直前は、全日空ホテルのロビー奥のきれいな便座に座って、友人ふたりの到着を待った。そう何故か吉田拓郎を聴きながらであった。受電対応と携帯メールは便座のほど良い暖かさで何とか過ごすことができた。そして、ここ数年殆ど変わらない席に着くことができた。
指揮オスモ・ヴァンスカの『ベートーヴェン交響曲第9番合唱付き』は、カラヤンの音楽とは随分違っていて、第3楽章は、ゆっくりとそして、いつもより音量が多く聴こえた。また、違った年末のメインイベントとなった。その後、渋谷での忘年会は、だし巻き卵と四杯のホット烏龍茶で、ふたりはにごり酒と芋焼酎のお湯割りそして、盛り上がった会話は三十数年前の原点に戻った様子である。モーツァルト『バイオリンとビオラのための協奏交響曲変ホ長調K364』、内田樹著『日本辺境論』新潮新書を推薦された。体調不良の無理した行動は、有意義なひと時となった。そして、体調不良は続いた。
[ テーマ: 読書 ]
2009年12月29日22:26:00
25日の夜中からの体調不良は根気を削いでしまった。そんな時にも、気持ち良く読み進める書物がタイミング良くあった。楠田昭徳著『いつでも夢を』角川書店 である。サブタイトルは、52日連続フルマラソン世界記録達成とあった。箱根駅伝を4回走ったランナーが60歳を過ぎてから、途轍もない記録を達成したそんな内容の一冊であった。そう、根気を逸していても一機に読み進めることができた。勿論、この種の書物は図書館への予約しての読書となる。
今年の年末の日々は、まだランニングできる体調ではないが少しだけ無理して進んでいく。28日の月曜日も、まだ気だるい体調であったが都内で過ごした。昼過ぎに神谷町の事務所へ暮れの挨拶をして、若干の事務処理をして過ごすも軽やかな時間は過ごせず、西新橋へ移動してS税理士を紹介され資料整理を6時過ぎまでする。その後、近くの沖縄居酒屋で5人のお疲れ様会に参加する。9時過ぎの帰りの電車であった。
本日は、2時待ち合わせして、Sさんと賢三美術館でビールを飲みながらのひと時を過ごした。Sさんとは、随分すれ違っていた。
TBSテレビ番組『情熱大陸』http://www.mbs.jp/jounetsu/2009/12_27.shtml
アーティスト岡林信康の今の姿が、何故かSさんに似ているんでと言った話題からスタートした。儘ならない不自由なからだと儘ならないしゃべりが苛立ちを増す、退院してからの日々は大変でも自宅での暮らしを大切に考える。今年、1月17日から毎日のブログ更新をサポートしたことは、日々の生活に手助けできたと思っている。
[ テーマ: ランニング ]
2009年12月31日23:27:00
大晦日にランニングをする。デジカメを持参して、iPodで吉田拓郎を聴きながらであった。曇天で北風の吹く寒いスタートであったが、与野公園から大宮氷川神社までゆっくりと走った。2キロの真っ直ぐの参道では、何人かのランナーとすれ違った。境内の裏手の大宮公園を走った。紅梅がこの寒さの中で綺麗に開花している。
近くに白梅も開花しているかと足を進める。高いところで開き始めているが見ごろは10日ほど後であろうか。そこで大正15年83歳の老人と立ち話をする。桶川から2年前にこの公園近くに引っ越して来たんだと、そして男の子供は頼りにならないと訳ありが垣間見られる。それから、氷川神社で一年を感謝する。
ゆっくりのランニングは、農家のある風景へ足を進める。白梅が花を開いているかも、そして、蝋梅が咲いているんじゃあないかと思ってであった。そして、蝋梅は今、まさに満開で甘い匂いがいっぱいであった。100坪ほどの土地に何本もの蝋梅の花が咲いていて市場に出荷しているとのことであった。ここでも、デジカメ撮影している私の姿に、兼業農家だと言う私と同年代風な主人が話しかけてきた。
今年の休日のランニングは、デジカメを持参して、iPodで吉田拓郎を聴きながらの約17KMの3時間余りの有意義な時間となった。そして、この後は、浴槽に浸かっての読書へと時間は経過する。内田樹著『日本辺境論』新潮新書、25日のサントリーホールでの第九コンサートの時に紹介された著書である。痛快に読み進めることのできない書物であるが読み終えねばならない。