2008年9月1日23:46:00
『福田首相退陣表明』の報道で林防衛大臣のコメント「昼食を同席したのに、私も鈍感だね。」石破前防衛大臣は認識があったが、新大臣の認識はない。この機会にと経歴を見て唖然とした。国会議員として、また防衛大臣を拝命すべき認識が感じられない。四世議員である。福田首相は二世議員、安倍前首相も二世議員、である。二人に共通する「簡単に放り出すんなら、引き受けるな。」である。甘いの一言に尽きる。
千駄ヶ谷のホームで電車を待っていると、急にザバザバと音を立てての雨である。10分遅れて国立競技場を出ていたら、またビショ濡れであった。昨日の高尾山トレッキングの恥ずかしながらの筋肉痛であったが、今月は、きっちりと月間200キロを確保せねばの今日が初日であった。こんな時こそ、一番遠方にと少し無理して皇居までの12キロであった。ゆっくりと無理しないでは、夜でも29度を赤坂見附のネオンが示していた。まあ、気持ち良く走れた。
2008年9月2日23:45:00
今日も帰り道に、きっちりとランニングすることができた。1,325Mの神宮外苑を8周予定通りであった。ものぐさな私は、周回コースを走ることが苦手で、ひとりで皇居まで走ることが常であった。今日は足の筋肉に負担の掛らない神宮外苑をゆっくり走ることにした。最初の4周は、都庁のインテリランナーのMさんと併走した。
一緒に終わると必ずビールでミーティングする仲間であるが、今日は私が多く走ったので、すれちがいとなった。いつも割り勘負けする仲間である。河口湖マラソンにエントリーしたとのことであるが、彼のベストタイムは、2:36:32(1990年別府大分毎日マラソン)で嘗ての一流ランナーで教わるところは多いにある方である。何れにしても、今日も頑張れた。走った距離は、裏切らない。一歩、一歩の毎日である。
昨日、月曜日は午前中に田町のHT社を訪問する。面談打合わせを待っている間に、M専務と歓談する。以前もそうであったが、世相、ニュース解説に比して読書の話題が時間の大半を占める。そして、必ず携帯している書籍を提示する。昨日は、『死霊〈1〉』 (講談社文芸文庫) 埴谷 雄高 著であった。それから、ドストエフスキーに話題は転換してと、有意義な30分の歓談であった。私のバックからは、『ある明治人の記録』石光真人編著 中公新書 であった。
[ テーマ: 読書 ]
2008年9月3日23:46:00
8月末に、「会津若松市で、歴史セミナー開催」の案内メールを頂戴する。幕末から明治維新の歴史について、半年ほど前から「歴史表現が地域そして角度で随分異なるんだ」との話題に興味を抱いた。そこで、案内に掲載されている『勝ち組が消した開国の真実』(かんき出版)鈴木荘一著 をアマゾンで購入する。興味を抱いたら、自分自身で直接触れてみようと思いつつ、どのレベルに到達できるか、私自身の歴史観が変化したならとの期待があって、まあ、判らずにである。
『和解より幕末史の見直しを』 ~続・勝ち組が消した開国の真実~平成20年9月21日(日) 入場無料基調報告 PM 2:00~2:30パネルディスカッション PM 2:30~4:30会 場
会津若松市中央公民館1F講堂 パネラー早川廣中(元中央大学教授)鈴木荘一(基調報告・歴史研究家)写真・古城(会津若松市所蔵)佐瀬 弘(会津赤べこ会世話人)鈴木ひろみ石田明夫 コーディネーター 簗田直幸(学芸員)「会津と長州は和解して友好姉妹都市になるべき」との声があるが、賛成できない。それは「無能な幕府に代わり薩長が明治維新を成し遂げた。会津・徳川は時流に乗り遅れた」との薩長史観に追従することになるからだ。大河ドラマ「新撰組」や「篤姫」を見れば分かるように、「幕府と会津藩が開国を果たしたおかげで、日本は欧米の植民地にならず、明治以降の発展が可能になった」のである。友好姉妹都市と長州にスリ寄る時代遅れの発想でなく、「開国を支えた会津の功績を明らかにする幕末史の見直し」に着手すべきだ。 ( 幕末史を見直す会 ) 写真・『勝ち組』 【基調報告者紹介】鈴木荘一氏昭和23年東京生まれ、2年間会津の中学校に在学。この間に歴史観の原点が育まれる。東京大学経済学部を卒業、日本興業銀行入行、審査、産業調査、融資、資金業務などに携わる。平成13年日本興業銀行退職。現在は歴史研究家として活躍中。著書『勝ち組が消した開国の真実』(かんき出版)など。主催 : NPO法人会津の文化づくり後援 : 会津若松市/会津若松観光物産協会/財団法人会津若松市観光公社/会津若松商工会議所/福島民報社/福島民友新聞社/会津赤べこ会
遠方でのイベント開催が、残念であると、書籍を購入した。そして、本日自宅に届いた。
2008年9月4日23:42:00
本日、異業種交流会の昼食会に出席する。午後1時30分の打ち合せを2時間後ろに変更頂いて参加が叶った。前回の納涼会の続きで、Mさんへの報告もあり優先したいイベントであった。京橋での昼食会の参加は、四月以降途絶えていたんで新鮮であった。今回も参加者は、30名程度であった。参加メンバーにE社のSさんが掲載されており、挨拶できるかと期待であったが、欠席であったのが残念であった。
まだ、昨年秋からの新加入にも拘わらず、3分間スピーチがトップバッターの指名であったのは光栄であるのか。Mさんとの歴史書そして、会話の紹介で話題性は充分であったかと無難に対応できた。会の終了時に次回の歴史探索イベントの企画運営スタッフに指名されたことも、若干でも協力できればと引き受ける。17日の幹事会報告事項となった。
今日も、皇居まで12KMのランニングで汗を流して、その後喉越しビールを堪能できた。気分転換には最高のメンバーであった。そう、話題も爽快感いっぱいと言った具合であった。海外出張のながいOさんの話題性の提供も有意義であった。11月には、スリランカ長期出張予定とのことであった。
2008年9月5日23:42:00
京成成田駅に、朝9時前に到着した。久し振りに現役サラリーマンの時間帯に出勤であった。日暮里駅までの電車は随分混んでいた。ひとりで1時間の乗車であったため、パソコンを持参の往復であった。パソコンがこのサイズでもっと軽量であったらと感じる。移動時間中もインターネット対応できる機能を付加させたことで、便利性が増した。京成線の日暮里から京成成田駅までの往復は、有意義なそしてあっと言う間の時間であった。
本日は、土地の調査が目的で、車での移動時間が打ち合せ有効となった。成田市立図書館~法務局~山武市役所と帰りの電車の成田駅発15:11まで効率的な時間を過ごすことができた。加えて、農水省への申請資料目的で「鶏ひな成長試験」の結果が本日送付予定であった。タイミング良くその結果の連絡もあって、まずまずの一日となった。
成田駅発15:11は、中野駅17:00の約束があったからであった。本日の予定は、そこでゆっくりとであった。結果的には、中野での打ち合せ会は30分で終了して、池袋に移動してW社長をメインとした喉越しビールの打ち合せに合流した。対応すべきテーマが明確になりつつの来週は、多忙である。
2008年9月6日23:47:00
荒川サイクリングロード方面へ3時間走であった。充実した走りとはならなかったが、風景そして、デジカメのワンショットには久し振りに充実感を覚えた。
稲刈りの季節である。「収穫」それぞれの区画の黄金色の色合いそして、その広さが表現できない。ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの田園風景を連想させる。まだ、まだ暑かったが、爽快感を満喫できた。
稲穂の美しさに満喫する。「三笠フーズ」冬木社長は有害米転売事件で弁解会見をしているが、論外である。W杯アジア最終予選のバーレーン戦がある。夜中の中継を応援予定である。
2008年9月7日22:13:00
今日は、ゆっくりと自宅で時間を過ごす。土、日曜日を自宅で過ごすのは、数週間振りであった。午前中は、自宅でテレビの報道番組に耳を傾けながらパソコンに向かって過ごした。
自民党総裁の後継者選びが報道の中心であったが、そこには、薄っぺらな烏合の衆の答弁としか感じられない。誰かひとりが、明治維新を引き合いにしていたが、おこがましいの感想のみ、国家の牽引車たらんと気骨のある政治家が存在しないから、こんな茶番劇を続けていられるんだと思わざるを得ないのだと、何ら期待できない。
午後2時過ぎから、ぶらりと図書館に行く。返却せねばならない、『楽園』宮部みゆき著文藝春秋 上・下 であった。面白いと思って50ページが今日まで、結局、読破せずの返却となった。まあ、良いかと期限がきたら仕様のないことである。そう、記録しておいてまた、気になったら読めばである。
本日掲載した3枚目の風景は、こんなに小さなスケールじゃあないんだと、雄大である。いつの日か、何枚ものスケッチと、そしてそこに水彩で淡く色付けして、そして30号のキャンバスに時間を懸けて描きたい。そういつの日か「静」の時間である。
2008年9月8日23:46:00
「 たまには、連絡しろ。」
「ご無沙汰。今度、仕事を踏まえていろいろ話しなどしたい連絡ちょうだい。」
「良かったわ。楽しみにしています。」 「こちらこそm(__)m 楽しみにしてます。」
「××様、ご苦労様です。標記の件・・・・・・に出向く由、・・・・・・・、果たして以下の追加の考察が可能かどうか疑問ですが、今後の展開のためにも知以上、この段階では難しいでしょうが##宜しく!○○拝」
このような携帯メールを、ほぼ毎日交換する。そして、今月は、予定せねばならないイベントも、携帯メールの対応である。そう、秋田のO君とも携帯メールで、時々の近況報告である。電車での移動時間で、このような携帯メールの発信対応をしている。茲許の対応が鈍くなっているようである。
[ テーマ: 読書 ]
2008年9月9日23:42:00
新刊本の紹介である。『水素と生命』若山利文著 ノースランド出版
著者紹介
若山利文(わかやま としふみ)
1939年、新潟県生まれ。東京外国語大学フランス語学科卒業。(在日)フランス大使館 商務部勤務。1980年、日本ユーロテック株式会社 代表取締役就任。日本エダップ・テクノメド社(日仏合弁)、セーヌ河船上レストラン(ベル・バレ)、ネイタス・ジャパン社(日仏合弁)、バガテル・ジャポン社、サンテ・コーポレーション社など15社の設立・経営に関与。現在、株式会社㈱水素研究所 代表取締役。La Medaille De la Ville de Paris 受賞。
[ テーマ: 作詞・作曲・歌 ]
2008年9月10日23:48:00
秋桜(コスモス) 作詞・作曲さだまさし
薄紅のコスモスが 秋の日の
何気ない陽だまりに 揺れている
この頃 涙もろくなった母が
庭先でひとつ 咳をする
縁側でアルバムを 開いては
私の幼い日の思い出を
何度も同じ話 繰り返す
独り言みたいに 小さな声で
こんな小春日和の 穏やかな日は
あなたの優しさが 沁(シ)みてくる
明日(アシタ)嫁(トツ)ぐ私に 苦労はしても
笑い話に 時が変えるよ
心配要らないと 笑った
あれこれと思い出を たどったら
いつの日も一人では なかったと
今更ながら 我儘(ワガママ)な私に
唇噛んでいます
明日への荷造りに 手を借りて
しばらくは楽しげにいたけれど
突然涙こぼし 元気でと
何度も何度も 繰り返す母
有難うの言葉を 噛み締めながら
生きてみます 私なりに
こんな小春日和の 穏やかな日は
もう少し あなたの
子供でいさせてください
[ テーマ: 作詞・作曲・歌 ]
2008年9月11日23:41:00
どうしてこんなに悲しいんだろう 作詞・作曲 吉田拓郎
悲しいだろう みんな同じさ
同じ夜をむかえてる
風の中を一人歩けば
枯葉が肩でささやくよ
どうしてだろう このむなしさは
誰かに逢えば しずまるかい
こうして空を 見上げていると
生きてることさえ空しいよ
これが自由と言うものかしら
自由になると淋しいのかい
やっと一人になれたからって
涙が出たんじゃ困るのさ
やっぱり僕は人にもまれて
皆の中で 生きるのさ
人の心は 暖かいのさ
明日はもう一度ふれたいな
独り言です 気に留めないで
ときには こんなに思うけど
明日になるといつもの様に
心を閉ざしている僕さ
2008年9月12日23:48:00
日経新聞朝刊のコラム『春秋』が、なるほどであった。不明瞭な表現が方々で散見される、もっと明解な表現であって欲しいと、こんな論旨であった。
「名刺に刷られた肩書きの意味が分らず、戸惑うことがある。少し前までは銀行の「調査役」が代表格だった。」そして、「そんな謎の肩書きから産業構造のきしみが聞こえてきた。・・・・ リストラや買収が日常茶飯事になった今、振り返れば80年代は牧歌的だった。最近よくお目にかかる謎の肩書きの代表は「エバンジェリスト」だろう。」と、キリスト教の伝道師が本来の意味のようである。最後に、「選挙を控える政治かも同じだ。抽象的な言葉で対面を繕うのではなく、論点明確な政策論争を期待したい。」と締め括っているが、残念ながら数日前の11時頃のニュース番組で総裁候補の5人が決して綺麗とは言えない文字で、小池百合子が、『サスティナブル』と表現していた。そして、他のふたりが『誠実な国』、『国民と共に、確かな・・・・』とであった。サスティナブルは、sustainable → 持続可能な と確認した。時間を費やしてこんな表現を戦わしたところに、国家の牽引力が発揮されるであろうはずは無い。
ここ数日、いろんなことで憂鬱なことが重なった。まあ、仕方のないことであるが乗り切っていかねばならない。本日は、久し振りにAさんとふたりで夜のミーテングとなった。そう、若かりし20代の頃にもっと純粋に、昨日のブログで紹介した、『どうしてこんなに悲しいんだろう』 作詞・作曲 吉田拓郎 を、口ずさんだものであった。こんな純粋であったころが懐かしく、そして二度と戻ってはこないことは、充分に理解しつつである。
[ テーマ: 映画・音楽 ]
2008年9月13日22:38:00
ゆっくりと時間が流れる。ゆったりとした気分に浸れるこんな経験は、始めての経験となった。舞台公演が始まってから、1時間すると30分の休憩時間が設定されている。そして、1時間するとまた、30分の休憩時間となった。明治座に着いて、招待下さった社長と挨拶会話した以外は、ひとりゆっくりした至福の時間であった。
山本一力原作の明治座『大川わたり』の観劇であった。招待された席が2列目18番と何度かあった緞帳が下がったところでの演技は、将に、役者さんの振り払ったら汗が届くような距離であって、余りに距離が近かったことが贅沢な疲労感を受けてしまった。そう、江守 徹そして、筒井道隆の鼻毛を見てしまうような至近であった。
本日は、夜7時からの親父フォークバンド『FOLK Dreamers』の曙橋でライブも誘われていた。残念乍ら夕方からの仕事上の打ち合せとバッティングのため、フォークライブは楽しむことが、出来なかった。次回は是非とも楽しみたい。4月16日のブログで紹介したMさんが所属するフォークバンドである。
http://www.tokyo-coneeds.com/coneeds/d2008-04-16.html
『FOLK Dreamers』のサイトを紹介します。団塊世代の素晴らしい皆さんである。
http://www.folkdreamers.com/index.shtml
[ テーマ: 映画・音楽 ]
2008年9月14日23:42:00
映画『半落ち』横山秀夫原作 寺尾聡主演 DVD観賞であった。「静」の時間を費やす。
横山秀夫原作のベストセラー小説を映画化。主演の寺尾聰演ずる現職警察官がアルツハイマーの妻(原田美枝子)を殺害する。助演の柴田恭兵(県警捜査一課で担当刑事)が冴えた演技をみせる。 自首するも黙秘する空白の二日間そして、「大切なもの、守りたい人」がキーワードとなる。自称「イソ弁」の植村弁護士(國村隼)の脇での渋さは、サントリーウィスキーのコマーシャルにオーバーラップする。
NHKスペシャル『戦場 心の傷(1) 兵士はどう戦わされてきたか』を観た。泥沼化する米軍のイラク駐留。激しい戦闘ストレスから前線を離脱する兵士が続出し、帰還兵たちはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する。従軍したベトナム戦争では、日常生活に復帰できないPTSD患者が大量発生した。軍は兵士を戦場で戦わせるために、戦闘能力を高めて効率的に戦わせる訓練を積ませる。そして、帰還した兵士は「心が壊れたまま社会復帰できない」というもうひとつの悲劇を描いていく。鮮烈な番組であった。
辛かったが、自宅スタートの10キロコースを夕方ゆっくり走った。喉越しの満足したビールが飲みたくてであった。映画『半落ち』、NHKスペシャル『兵士はどう戦わされてきたか』共に有意義であった。
[ テーマ: 日記 ]
2008年9月15日22:16:00
本日は、久し振りに昼食に自慢のカレーを料理した。たくさんのチキンとタマネギに塩とコショウを加えてバターとオリーブオイルで充分に炒める。人参、セロリ、トマト、りんごはすべておろしで摩り下ろす。生姜とニンニクもである。カレールーは、今回「新宿中村屋カリーフレーク」を使用する。いつもフレークタイプを購入する。
本日は、3時過ぎから見沼用水方面をランニングする。自宅から東方向で余り走りに行くコースではない。秋を感じることができると思って、そしてゆっくりと2時間位走ろうと思ってであった。大宮第二公園まで走った。片道1時間は気持ち良く走れた。今月は、充分に距離を踏まねばならない。
リーマン・ブラザーズ証券が倒産した、ライブドアで有名になった会社である。自民党総裁候補の麻生太郎のブレインと見込まれるリチャード・クー著『日本経済を襲う 二つの波』を読み始めた。極端な市場原理主義エコノミストなのか、『金融危機からの脱出』を読んだのは、数年前であった。
2008年9月16日23:38:00
本日は、仕事終了後、7:30スタートの国立競技場のトラックでの、ランニングクラブの3000Mの記録会に参加する。ゆっくり、5キロをアップしてスタートに臨んだ。勿論、ライバルのどんぐり倶楽部のメンバーに参加を促すメールを送信して、どんぐりメンバーはほぼフルメンバーが揃った。
結果、12分55秒でドングリメンバーでトップとなれた。残り200Mのところで、後ろを確認すると、ライバルのひとりドングリ坊主のKさん(47才の時、ベスト3:06:○○)が、後ろに迫っていた。結果、追い込まれたが3秒差で先行ゴール出来た。いつも、後半抜き去っていくSさん(17年前、ベスト2:58:17)は、私の先行逃げ切りには付いてこなかった。本日は、15名の参加者で私より速いメンバーが大半であったが、その皆さんが、私にまた刺激を与えてくれる。
アフターは、喉越しのビールと会話で多いに盛り上がった。特別盛り上がっていたのが、Sさんであった。そして、この方は私より11才年上であり、表面的にはひとつのことに余り拘る表現をしないところが素晴らしく、カルチャー・ランナーを自称するところがユニークである。そう、この人こそブログの『風の男』どんぐり独り語り、この方である。茲許、ブログの更新が遠くなっているのは、多忙極まりない様子だからである。また、これからの毒舌ブログを期待したい。本日の練習会へ私の誘いでの参加に感謝である。
[ テーマ: 社会・世相 ]
2008年9月17日23:47:00
今朝の朝日新聞「天声人語」は、「驕(おご)れる者は久しからず」は古来不変のことわりだが、・・・・・。リーマン・ブラザーズの負債総額は実に60兆円を超え、過去最大の破綻になった。他の金融大手への連鎖も心配されている。「フー イズ ネクスト(次はどこだ)?」と、ニューヨークの金融街などは戦々恐々らしい。
業界は90年代から、グローバル化に乗って新たな金融商品を次々に作った。そこへ、世界中で余っているカネが流れ込んだ。巨万の富を生み「わが世の春」を謳(うた)っていたが、商品の一つのサブプライムローンでつまずいた。専門家によれば、このうえドルが暴落するのが最悪のシナリオらしい。株や投資に熱心な向きはなおのこと、対岸の火事を決め込める状況では、もうないようである。
また、日経新聞の社説もリーマン・ブラザーズの、過去最大の破綻を取り上げて、
対岸の火事と言えず
日本も対岸の火事と安心してはいられない。
リーマンの大口債権者には日本の金融機関が名を連ねている。金融派生商品(デリバティブ)の取引相手になっている金融機関もたくさんある。同社の破綻が日本の金融市場に混乱をもたらすことがないよう、金融当局は細心の注意を払うべきだ。
もちろん、心臓部が直撃を受けた米国と異なり、日本経済そのものには短期的に調整が求められる問題があるわけではない。だが、米国発の金融危機が生み出す津波がどんな形で日本経済に及んでくるのかはきめ細かく見ていく必要がある。
今回の米国の金融危機を、予兆するような会話が、二週間前のたわいも無くしていたことを思い出す。「この15年の間に、日本中のゴルフ場の名称がそして、生命保険会社の名称が随分変わったね。」とである。そして、ハゲタカもやっぱり生き物であった。
2008年9月18日23:32:00
「橋田壽賀子ドラマ 渡る世間は鬼ばかり」 1990年から、TBS系橋田壽賀子脚本ドラマである。かつて藤岡琢也が大吉役で、山岡久乃が妻、節子役で出演であった。時々、この時間に自宅で食事をしていると観る番組である。
ラーメン屋「幸楽」に、主人勇(角野卓造 )その妻五月(泉ピン子 )が、そして、今は15年以上前の長男、眞(えなりしん)の成長記録となった。毎週木曜日のドラマであるが、そのストーリーについては不明である。私にとってこのドラマは、時々で充分である。何時もと違って、ラーメン屋「幸楽」の本日は、主人勇(角野卓造 )その妻五月(泉ピン子 )の夫婦の姿である。何と、勇(角野卓造 )がおやじバンドを結成している。どうも、その姿は妻五月(泉ピン子 )に内緒であった様である。ラーメン屋「幸楽」の勇をテーマにしたオリジナルが流れる。山本コータローが出演している。
そして、作詞北山修『花嫁』を妻五月(泉ピン子 )が歌う。『渡る世間は鬼ばかり』でこんな場面に遭遇するものかと、もうひとつ別の、ALWAYS続『三丁目の夕日』であった。このブログの更新時のニュース番組は、『アメリカ発、金融不安』 『厚生年金の改ざん疑惑が組織的関与を舛添厚生大臣が認める。』そして、イチロー200安打達成は、『今日は、ビールですね。何時もは一本のところを、今日は二本ですね。』
[ テーマ: 日記 ]
2008年9月19日23:48:00
雨が強くなりそうな帰りの電車に、K さんから、「今日の幹事会、出て来いよ。」絶妙のタイミング、新宿発の埼京線の車内である。迷ったが、池袋でUターンして信濃町の幹事会の会場へ、ランニングクラブの幹事会である。
5月の幹事会を以って、幹事は辞職しようと思っていたが、意思表示していなかった。何か参加意欲を削ぐようなルールでがんじがらめにしている感じが強く、もっと自然体であったらと希望する。理不尽な発言も聞こえるが、このランニングクラブに参加して、たくさんの素晴らしい出会いも経験している。『余り無理しないで、少し無理して。』ストレスを感じながらの参加は意味が無い。
朝日新聞朝刊の社説は、『年金改ざん―6万9千件の確認を早く』
「もういい加減にしてくれ。これが、国民の率直な気持ちに違いない。 サラリーマンの加入する厚生年金で6万9千件もの記録が改ざんされている可能性があると、舛添厚生労働相が参院厚労委員会で明らかにした。改ざんをした疑いがかかっているのは、ほかならぬ社会保険事務所の職員である。厚労相が自ら「組織的関与はあったと思う」と認めた。
改ざんは意図的であり、コンピューターへの入力ミスなどとは違う。悪質さは比べものにならない。改ざんにはどういう職員がかかわったのか。少なくとも当時の社保事務所幹部は監督責任を免れないのではないか。
社保庁は、まず外部の人の手を借りてきちんと実態を解明すべきだ。」 と、記している。
太田農水大臣が辞任した。舛添厚生労働大臣が対象的に孤軍奮闘している様子であるが、まあ、政策細部の是非は別として、安倍、福田両総理の辞任また、ここ何代か連続している農水大臣と比べたら気骨があると期待したい。
明日は、朝からの台風一過の『あした天気になあれ』と期待したい。田舎の大月で爽やかな空気を吸いに帰省する。そして、また母の墓前で、ひとり静かに呟いてきます。お彼岸の墓参りに。
2008年9月20日23:32:00
お彼岸である。大月までのお墓参り&友達宅懇親会は、長男の運転する車の旅となった。唐突な無理やりのお願いに答えてくれた。予定より、2時間も早い到着となった。フルメンバーが揃うまで、グランドまでの往復をそして、トラックをゆっくりとランニングした。ヒガンバナ(曼珠沙華)が咲き始めの時期で所々に鮮やかであった。
40分程度のランニングで汗を流しそして、シャワーを浴びて爽快感を満喫する。五人揃ったところで、予想しなかったお茶会を経験することになる。幼友達S君の新居である。奥の四箇所のお茶室が自慢である。そのお茶室での幼友達5人でのお茶会は、初体験となった。三人は、茶道を趣味としており、未体験はY君と私のみであった。教えを請いながらのお茶会は、また、数ヶ月後に再開予定である。朱色をした和菓子を頂くところそして、着席から移動と少し作法を見習うことができた。
そして、Y君が準備したワインを中心に話題は、幼友達の五人にとって絶えることがなかった。 そして、またの再会を約束して、別れを惜しみながらのお開きとなった。 余り無理しないで、少しだけ無理してまた、今度は箱根で紅葉の季節か、そう無理しなければ、若葉の頃になってしまうと思いつつであった。
2008年9月21日23:32:00
雨模様の中午前中、お彼岸の、墓参りに行った。母の墓前に報告そして、約束をする。今日は、長男とふたりでの墓参りであった。少年時代を過ごした小、中学校が一望できる小高い所に位置している。実家からこの場所への十数分の道のりも年に数回であるが、思いの小路となる。
286回目のブログは、ヒガンバナのスナップとなった。昨日、ジョギングした市営運動場までの途中で見つけたヒガンバナそして、実家の周辺でみつけたヒガンバナである。こうして秋が深まっていく過ごし易い季節である。人恋しくなる季節でもあるが、山積している処々を整理して、前に進めていかねばならない。また、ひとつ、ひとつである。
今月もあと十日を残すばかりとなった。人恋しくなる季節でもあるが、山積している処々を整理して、前に進めていかねばならない。また、ひとつ、ひとつである。
2008年9月22日23:48:00
連休の狭間の今日、高崎線桶川駅下車のM社で打ち合せのAさんに同行する。あうんの呼吸が不足していたのか。上野に向かう帰りの電車での会話の内容なのか満足感に欠けた時間を費やしたようである。
気合が欠落していたようであった。丁度、タイミング良くであろうか電車から降りて数分、ボーっとしながらの家路の途中、携帯にAさんからの電話であった。この頃、タイミング良く、携帯に電話が架かってくる。衛星を使ってナビのように監視されているかのようにである。金曜日の帰りの電車の中、新宿を出ると直ぐにであった。ランニング同好会の幹事会は欠席と決めていたが、結局参加のために信濃町に戻った。土曜日、これから、何処の駅で途中下車してランニングしようかと、どろどろの疲労感でビールを飲みながら幼友達との会話したいものだと、パソコンに向かっていたところへの携帯への電話。ランニングは、到着後の40分間に省略される。
それから本日、5時前の浜町で打ち合せ終了のタイミングに、まあ、多分私の生き様を良く理解している、相互にタイミング良く誘い合える中学時代からの友人の誘いであった。六本木の建築事務所に勤務していた頃からの店、家庭料理『大北』に行く。何度となく行った店であるが、ひとりで辿りつけない場所にある。帰り掛けにきちんと理解できた、国立新美術館から六本木ヒルズ方向に下ったところで路地に入る六本木7丁目にあった。
酒を飲みながら、数学を解説する。そして、コンピュータ文化をきっちり解説する。『最適化』『アルゴリズム』を酒を飲みながら話題にする。時々、数学の世界で刺激してくれる友人である。
[ テーマ: 日記 ]
2008年9月23日23:32:00
朝日新聞朝刊の天声人語が面白かったんでの紹介である。『勝負ごとの予想屋なら、商売にならないと投げ出したのではないか。消化試合と目された通りの戦いに勝って、福田康夫氏が「天下餅」を食うことになった。新しい自民党総裁は明日、戦後29人目の首相に選出される。』1年前の明日、24日付の小欄の書き出しである。「手抜き」とお叱(しか)りを受けそうだが、名を麻生太郎氏に、数を30人目に置き換えれば、そのまま使い回しができる。安倍晋三氏から数えれば3年続けてとなり、秋の彼岸の恒例行事さながらだ。
だが、今年は違うことがある。同じ天下餅でも、とりあえず「三日天下」でしかない。遠からず総選挙の火ぶたが切って落とされる。麻生氏は敵将小沢一郎氏を呼び捨てに攻撃して、敵愾心(てきがいしん)を大いに燃やす。べらんめえが売りだけに、弁舌は小気味良い。時折の勇み足は人間味の裏返しか、ただの軽率か。せんだっての朝日川柳、〈「バカヤロウ」までは言うなと茂祖父〉は笑わせた。危なっかしさが、この人の色気なのかもしれない。奇(く)しくも昨日は、その祖父、吉田茂元首相の生誕130年だったそうだ。選出後の壇上で麻生氏自らが披露した。「民主党に勝って初めて天命を果たせる」と語る声は、党とともに祖父への誓いにも聞こえた。かくて両党の「選挙の顔」は出そろい、政治の季節の幕は開いた。「いい顔が推薦状なら、いい心は信用状」と格言に言う。党の心ともいえる「マニフェスト(政権公約)」にそれぞれ何を盛るのか。「いい顔」も大事だが「いい心」を欠いては、有権者の心はつかめない。 と、であった。そのまま、紹介したが、最近の天声人語の中で特段のヒットであるとおもったからである。
午後から、ふじみ野市亀久保にある『富家病院 』を訪ねる。Kさんのお見舞いであった。気合を入れようと20キロの片道ランニングを試みる。「今日は、来ると思ってたよ。」と、Kさんの第一声であった。途中でめげそうになったが、辿り着けて良かった。そして、Kさんのゆっくりと一歩一歩着実に、を充分に感じることができた。4年後のロンドンパラリンピックを目標にするんだと、種目は内緒である。そして、A4で50ページの原稿CDを渡される。明日から、このブログに少しづつ紹介する確認も得た。また、ランニングしながらお見舞いである。 携帯したデジカメは、シャッターを切ることはなかった。
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2008年9月24日23:12:00
リハビリのため入院中であるランニング仲間のK三さんは、だいぶ体力を回復しつつある。昨日の午後20キロの片道ランニングで、お見舞いに行った。K三さんから、少しづつこのブログに掲載するためにと、原稿CDを預かった。その第一回目である。
暑い夏も過ぎ、秋風が吹いてきました。最近、ラジオで聞いた歌、気に入ったので歌詞を送ります。
『銀色の道』 作詞 塚田茂 作曲 宮川泰 歌 ザ・ピーナッツ
遠い遠いはるかな道は
冬の嵐が吹いているが
谷間の春は花が咲いている
ひとりひとり 今日もひとり
銀色のはるかな道
ひとりひとりはるかな道は
つらいだろうが頑張ろう
苦しい坂も止まればさがる
続く続く 明日も続く
銀色のはるかな道
はるかな道・・・ 銀色とは 何ぞや 教えて K三さん
銀色の道
人生のゴールは何色
金色と言いたいが、遠慮して銀色
しかしそれも難しい。遠い遠いはるかな道は
なかなか到着しない、ゴールできないかも。 そうなんです。多くの人は到着しない。
そんな時は、自分で自分を褒めたい
そうです、銅メダルがあるじゃないか。 遠い遠い はるかに遠い ・・・
思っていたら 福田政権辞任 びっくりしたなぁ。 続く続く 明日も続く と思っていたのに
私の場合も、社会復帰して 元の生活が・・・。
と思っていたのに
銀色のはるかな道のゴールは、来ていた。
赤坂御所の思い出
走れなくなってからも、散歩はよくしていた。
プラタナスの並木は銀の鈴の実をつけていた。
プラタナスの並木 鈴かけの並木
近くの銀杏並木も銀杏の実をつけていた。 夏の暑い日は、銀色にゆらめくかげろう、逃げ水が。
夜には、銀河が見えたこともあったろう。
都会の夜は明るい、今は見えないが。
銀やんま 秋茜 も乱舞していただろう。
手術前
坂道で前に進まず、後退。もう赤坂御所散歩も夢。
終わりはいつか来ると、初めて知った。
銀色の道は はるかな道ではなかった。 ひとりひとり道は違うが
谷間の春は 花がさいている。 そんなの しらん。
そうです、赤坂御所にも紫蘭が咲いていた。
ゆりのきも咲いていた。 突然、○○ご夫妻が、元気 と声を掛けてきた。
びっくり、持つべきものは、財産だ。
訂正、持つべきものは友達だ。
また、私の駄作とは違った素晴らしい文章である。これからも、時々掲載予定である。
2008年9月25日23:43:00
秋を感じるスナップとは、成らなかったが随分美しさを表現できている。今日は仕事の帰り道にキッチリとランニングで汗を流した。シャワーですっきりして何時ものように、喉越しビールを誘われたが丁重に断って、自宅でゆっくり家族との食事を選択した。
そこに、ドングリ坊主のKさんが、10分ベンチでビール飲もうよと、千駄ヶ谷駅前の東京都体育館の建物の前で、15分のビールを飲みながらの芸術談義となった。中身の濃い15分間であった。結局、何時もより1時間30分程度の時間短縮で帰宅した。
ゆっくりと食事しながらの、11時前後のニュース報道番組に耳を傾けた。 『小泉元総理の政界引退』『原子力空母横須賀配備』『闇サイト殺人事件の初公判』『千葉県東金市保育園児死体遺棄事件』が、各局共通のテーマであった。『原子力空母横須賀配備』が軽く報道されているあたりは、国民の関心度からであろうが時代の変化だけで片付けられるテーマであろうか疑問である。 『小泉元総理の政界引退』の話題あたり、本来そんなに重要なテーマかと思うが、明日からまた、各局が騒ぐテーマであろう。寂しい限りである。
2008年9月26日23:32:00
本日の日経朝刊のテレビ番組欄で『小泉元首相政界引退』の項目がどれ位頻繁に報道予定しているかチェックした。
NHKテレビ①1件、日本テレビ④4件、TBSテレビ⑥4件、フジテレビ⑧3件、テレビ朝日⑩5件、テレビ東京⑫0件と合計17件であった。具体的に、日本テレビ④4件は、5:20ズームインSUPER「小泉元首相政界引退へ」8:00スッキリ!!「小泉元首相今期限りで政界引退へ」1:55「小泉元首相が引退へ」5:00リアルタイム「小泉元首相政界引退へ自民激震・・・後継者は」と言った具合である。このチャンネルは、11:50からのZEROでも取り上げられることは予想できる。
報道の内容は、過去に蓄積されている小泉語録を「痛みに耐えてよく頑張った。感動した。」(大相撲で負傷しながら優勝した貴乃花に総理大臣杯を授与して)といった具合である。言葉にはっきりと切れがある。多くのエピソードを紹介できる。しかし、だから何なんだである。民放各局のていたらくの露呈である。そして、テレビ東京の大健闘である。
『小泉元首相政界引退』の報道よりも興味深い数値がある。麻生内閣支持利率を各新聞社が発表している。日本経済新聞53%(福田内閣59%)、朝日新聞48%、(福田内閣53%)、毎日新聞45%(福田内閣57%)、読売新聞49.5%(福田内閣57.5%)、産経新聞44・6%(福田内閣55.3%)となっている。ここで、また興味深いのが朝日新聞と産経新聞の提示数値である。また、産経新聞の支持率よりも、日本経済新聞の支持率の数値が高いことに興味深いものである。
[ テーマ: 日記 ]
2008年9月27日22:55:32
明け方から、咳き込んで体がだるい。一日ボーっと、怠惰な時間を過ごす。本を読んでもいつの間にやら眠ってしまう。テレビを観ててもいつの間にか眠ってしまう。そんな一日であった。
昨日は、八丁堀でAさんと待ち合わせして、N協会で打ち合せであった。何の為の報告書かは解っていても、打ち合せの為の目的数値は理解できない。辛い打ち合せを経験した。高校時代の生物、化学をしっかり学んでいたらと今更後悔しながらの時間であった。
夜は、異業種交流会でMさんの『フリーターは社会のお荷物か』の講演を拝聴する。戦後の動乱期からの仕事を通じてのエピソードを面白くそして、明るく表現していた。多分想像を絶するような苦難な時代であったろうが、明るくであった。帰りの電車は、いつものように、Mさんと一緒にレベルの高い会話であった。11月は、この会の歴史散策の会の幹事を務める。
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2008年9月28日21:51:00
多摩丘陵長距離練習会に参加する。呼び掛け幹事を担当して10名の参加者となった。小山田緑地公園を中心にゴルフ場も隣接しているアップダウンも充分な30キロを走った。Yさん、Nさんがコースを熟知していて随分お世話になった。
8月に高尾山・陣馬トレッキンングを走った、Wさん、Sさんとの約束から本日となった。気持ち良く参加頂いたメンバーにも感謝である。ゆっくり走った小山田緑道の、ムラサキシキブそして、ススキが「立ち止まって、じっくり観なさいよ。」と懸命に誘っていた。気持ち良い魅力的なコースであった。
6時過ぎ自宅に帰って、ゆっくりと風呂に入る。洗面台の横にあった『ツムラの日本の名湯・嬉野』をバスタブに入れる。オレンジ色に変わった嬉野温泉は佐賀県にある温泉のようである。
問題発言を連発した中山国土交通大臣が辞任した。我が家でも、妻への問題発言が、正義の味方の長男から指摘される。涙ながらの妻の発言には、猛省である。どうも、刺々しい私の言動は、正さねばならないと、これからの改善課題となった。
[ テーマ: 日記 ]
2008年9月29日23:30:47
携帯電話のない一日を過ごした。朝からの雨で、足元がビショビショになるのを避けて、マンションの直ぐ下からバスに乗った。乗って直後に気付いたが、戻るのも大変であった為、所持しない何時もと違った動きとなった。
幸いに、長女が一日家に居たんで二時間毎に、電話を入れて受電を確認した。昼までに必要と判断した先には、能動的に連絡した。これで、月末月初のスケジュールも確認できた。 今日は、たまたま携帯電話を所持しない一日となったが、二時間毎の受信確認で迷惑を感じさせなくて済んだようである。
今日のこんな経験から、もっと、変化のある能動的な一日となったっても良いのかなと思う。慣らされた道具を使って日々が、動いている。そう、また一歩能動的であるために、時間の使い方、道具の使い方を考えてみたい。
2008年9月30日23:46:00
九月末は、緊張感をもって迎える一日であった。帰宅してホッとしてTBSテレビ「NEWS23」は、『清原が明日引退最後のバッターボックスに、』の前のニュースが「ニュースって何なのだ」とテーマに飽きれてしまった。
一日の中で「充実した時間」「本気な時間」「思いやりの時間」こんな時間が一瞬でもあったら、一日は有意義であったと思えるであろうと、メリハリのある時間でありたい。夕方、5時前には「今日は、走って汗を流して」と思ったが、次の一時間半でまた一変してパソコンに向かいそして、新宿で打ち合せとなった。走って汗は流せなかったが満足な時間となった。
先月は、160KMで目標200KMに対して、80%の達成率となった。10月は初日からコンスタントに、そして30キロ走の回数を踏まなければである。走った距離は裏切らないと思いつつである。
いろんな意味で、10月を充実させねばと思っている。決してガツガツとはでなく満足感を得たいとそんな一日、一日また、ひとつ、ひとつである。