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「ピエロの涙 ・・・」

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そして、次回の面談で直接お詫びせねばである。

2008年8月1日23:52:00

コミック単行本『美味しんぼ 』を半年ほど前に読んだ。「食の安全が危うい」をテーマにした内容でオーガニックな食の安全を紹介するために登場する。 本日は、『オーガニック電話帳』http://www.greenhand.biz/products/index.html で、山口 タカ さんを訪問する。 美味しんぼ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方の4時半過ぎに、今注目の地下鉄大江戸線の月島駅に下車する。下町風情が満喫するそして、住吉大社の大祭初日であった。もんじゃ さかもと

 

 

 

 

 

 

 

寝不足、安堵、空腹で三人での面談は、10分足らずから睡魔との闘いが開始となった。携帯するバックからメモすべき筆記用具も出すことなく、名刺も頂戴するだけの失礼な状況での一時間の面談であった。
興味のあった『美味しんぼ』101巻での登場人物であり、今仕事上の関係からも、興味深い状況下での面談は、正直に、山口タカさんへこのブログの紹介でお詫びのメールそして、次回の面談で直接お詫びせねばである。  そして、紹介頂いたもんじゃ『さかもと』は、雰囲気も良く、美味であった。

もんじゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事上の最終打ち合せは、ハードな数日を経験した。その度々の何度もの打ち合せは、立場の相違した意見また考え方の微妙なところから、ゆたかな会話術ひとり仕事術を学習できた。 月島を歩く

 

 

 

 

 

 

 

 

週明けの月曜日は、粛々と整理できた事務手続きの遂行である。今、携わっている仕事の大きな局面が、火曜日に到達できる。そして、スタートとなった。達成感が感じられた七月となり、八月もまた、ひとつ、ひとつである。 

 


月島は、住吉神社大祭であった。

2008年8月2日23:58:00

 金曜日は、月島駅下車、もんじゃ『さかもと』でのど越しのビールであった。金曜日のこのブログに紹介したが、仕事での打ち合わせは、空腹、寝不足、安堵感からの睡魔との戦いであったことを記した。そして、その続きである。月島を散策

 

 

 

 

 

 

 

気持ちの良いのど越しビールは、睡魔との戦いのあとが最高で、至福のひと時となった。慈許、のど越しのビールのいつも相手Aさんであった。いつもは私より五倍以上のアルコール体内入手量であるが、この時ばかりは、決して量が逆転することはないが、酔っ払う速度が早いのである。もんじゃと生ビールのコラボレーションが最高であった。そして、程良く先に酔っ払う。まあ、時々こんな場面が、あってもと思った次第である。二時間弱のもんじゃ『さかもと』でのひと時は、四杯の生ビールジョッキで充分であった。 

住吉神社

 

 

 

 

 

 

 

 

もんじゃ『さかもと』での暑気払いの企画を約して店を離れる。暑かった日中と比して、夜風が爽やかであった。

月島 祭り

 

 

 

 

 

 

 

そして本日、土曜日は、午後から予定通り大月の実家へ母のお墓参り新宿から一時間のひとり旅であった。

 

 

 

 

 

 


甲斐の山々・・・。武田節

2008年8月3日18:42:00

 山の木々から吹いてくる朝晩の風は、爽快である。少し時間的にタイトな実家へひとり墓参りであったが、環境を変えることで、爽やか感充分となった。甲斐の山々

 

 

 

 

 

 

 

昼、大月発の特急かいじは、新宿まで一時間と、この時間でおおいに変化が富んでいることに素晴らしさを感じる。今朝は、6時前起床、夜中から明け方にかけて体を冷やしてしまい胃腸の具合を悪くしたが、ジョギング姿で、一時間ジョギング散歩を楽しんだ。目標は岩殿山からの富士山であったが、既に霞んでクッキリとした雄姿を捕らえることはできなかった。

岩殿山

 

 

 

 

 

 

 

昨日は、五時前に到着、畑の草取りを手伝い今朝の一時間を加えて、結構な成果であった。時々のこんな経験も少年の頃を思い出させる。昨日はその後、お墓まで、墓参り、墓掃除の道具を持って軽くランニングしながら、そして、掃除しながら母親との会話であった。まあ、会話できない寂しさを味わい乍らではあったが、また良い時間となった。

 

甲斐の山々② 

 

 

 

 

 

 

夜、年老いてもひとり暮らしする父との歯がゆい会話する。きつい言葉を発する私自身のしゃべりが良いのかは客観的に判らない。読み始めようと持参した、『楽園』上巻 宮部みゆき著 文藝春秋 は、往復の車内でも一ページとして読み進めることはできなかった。


中川一政画伯 向日葵 

2008年8月4日23:48:00

 「向日葵」「ひまわり」余りに一輪がはっきりとした花である。しかし、薔薇の一輪とはまた、表現が異なる。一輪のみでは、表現できない。多分、絵画の世界ではゴッホのひまわりであろう。今、何と呼ばれているか安田美術館の所蔵する。ヴァンゴッホの『ひまわり』が最も有名であるが、私は、中川一政画伯の『向日葵』である。向日葵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、三十年も前であろうか、銀座の日動画廊で画伯の個展に魅せられてしまった記憶である。以来、夏ひまわりを目にすると、この自由奔放に描かれた画伯の『向日葵』である。

山の中、向日葵

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数年前、妻の実家の軒先で、暑中お見舞いのはがき作りでほおづきを木版四色を描いた。どんな心境であったものか、懐かしい思いである。 

向日葵②

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ、ひまわりのスナップから中川一政画伯を連想することで、こんなに創造性に富んだ向日葵の油絵が紹介できる。このブログを更新することで、また新たな多くの収穫があった。そして、次に何をしたいのか。また、読書についても同様である。今年の夏も何か残したいものと思いつつである。

 


吾亦紅です。秋の野辺に咲く花。

2008年8月5日23:56:00

 『母に捧げるバラード』武田鉄矢作詞 海援隊作曲 「お母さん今僕は思っています。僕に故郷(ふるさと)なんかなくなってしまったんじゃないかと。そしてひとつ残っている故郷があるとすればお母さんそれはあなた自身です。あなたは何から何まで故郷そのものです。今ここでこうして静かに目を閉じているとお母さんあなたの声が聞こえてくるんです。 おかあさんの声が聞こえてくるんです。」吾亦紅

 

 

 

 

 

 

 

そして、『母に捧げるバラード』武田鉄矢著 集英社文庫 「私は頂きもののお花の中に、ワレモコウを見つけました。吾亦紅です。秋の野辺に咲く花。小指の爪ほどの大きさの穂に芥子粒ほどの紅の花をびっしり咲かせる野の花です。地味で小さな野辺の花ですが、芥子粒ほどのその紅の鮮やかさが「私もまた紅の花」と叫んでいるようで、その名も吾亦紅。何となく母の生き様と同じようで、その花を棺の中に入れたのです。私は、秋桜が好きですから、今度野の花に生まれ変わったなら、きっと秋の野辺で会いましょうと。」土、日曜日の田舎でのランニング散歩で見つけた吾亦紅の花である。山野草をこよなく愛した私の母の花でもある。『母に捧げるバラード』武田鉄矢著 集英社文庫の中で、やはり最愛の母との最後の別れの場面である。パソコンの前で、久し振りに「ピエロの涙」となった。 

夏の花

 

 

 

 

 

 

 

 

私の免許証の裏面に、私が小学校低学年だった頃の母の写真を貼ってある。昨日、本人確認で免許証の提示そしてコピーを撮られた。時々、こんな場面がある。まあ、良いかと思う。暑い毎日を経て、また今年も旧盆を迎える。そして、今年はお墓の掃除ができた。

 


入道雲を今年始めて見た。

2008年8月6日23:29:00

 今日は、夏真っ只中そんな一日であった。入道雲を今年始めて見た。そして、空を見ながら、自転車で移動中に不思議な雲に出会った。何かの予兆かと幻想的でもあった。 空よ

 

 

 

 

 

 

 

最近、電車の車内に随分大きなバギーを持ち込む若い母親が目につく。日中の空いている車内であったら、少子化が社会問題となっている昨今では、微笑ましい光景にも映る。数日前の地下鉄日比谷線の9時前の混んでいる車内に、しかも友達同士か2台の随分大きなバギーが、乗り込んできた。顰蹙を買ったのは、私ひとりだけだろうか。我が家の20年前は、折り畳み式のしかも2本のこうもり傘の枝に布シートの付いた簡易なものを、しかも車内では、折り畳んでいた記憶である。また、空よ

 

 

 

 

 

 

 

最近、手にしている著書『普通の家族がいちばん怖い』岩村暢子著 新潮社 に、調査したクリスマスイブの一般家庭の様子を、そして、正月元旦の家族バラバラの殺伐とした食卓風景を紹介して家族の実像を示している。 こんな実態が、秋葉原無差別殺傷事件を、そして、類似する他の事件も生み出している原因が、この辺りにあるとしたら危険である。

そして、不思議な


今日も有意義なひと時であった。

2008年8月7日23:52:00

 5日、仕事上の大きな節目がクリアして次の局面を迎える。もう一度、仕事を中心に自分自身そして、家族を考え直して対応せねばである。銀行時代にも今ほどコンプライアンスがやかましくなかった頃は、自宅での持ち帰り仕事は充分過ぎるほどあった。今日も、快晴

 

 

 

 

 

 

 

今はそれに加えて、自宅からの電話での打ち合わせが、頻繁になった。居間に、パソコンが置かれていることから、ここからの電話打ち合わせが通常である。家族の前で、こんな交渉ごとが聞こえて良いのかは、問題である。加えて、最も大切なことである交友関係である。やっぱり金銭的負担は、結構ある。そして、打算的であったらいけない。当然、基本的なポリシーとしているが、交友関係が広くて多彩であることも、おおいに有益なことである。が、しかし、である。葉鶏頭

 

 

 

 

 

 

 

新橋で4月まで一緒に仕事していたNさんと昼食事しながら近況報告会をした。その後、プロダクション社長Wさんと面談のため神宮前の事務所へ、芸術、文化の話題は、豊富でしかも、心を和ませてくれる。今日は、映画『佐賀のがばいばあちゃん』のクランクインで、所属する香山美子さんが主役をつとめる。また、織田作之助原作『わが街』二年程前から、是非纏めてみたいものだと思い入れの舞台が着々と実現に向けて動いている。以前、森繁久弥が主役を演じたのだと、赤井英和主演の企画である。目を柔らかく閉じて、少し斜めに構えてゆっくりと話される。今日も有意義なひと時であった。

ランタナ


「思えば遠くへ来たもんだ。」であろうか。

2008年8月8日17:56:00

 昼過ぎ、MS損保会社浅草支社に事務書類を届ける。非常に暑い、今日は35度を記録するのか。自転車での移動は、この暑さお中でも比較的爽快である。そして、行動範囲は広がる。表参道

 

 

 

 

 

 

 

西浅草『来集軒』の東京ラーメンを食べて帰る。素朴な少し太めのちじれ麺に鶏がらスープである。帰り道は、少し迂回して言問橋を渡って事務所に戻る。途中、ドロドロ、ギトギトの豚骨スープ『弁慶』がある。やっぱり、時にはこんなラーメンも食べに来ようと思う。やはり、落ち着いてパソコンに向かわなければである。

今日の空  

 

 

 

 

 

 

北京オリンピックも始まる。女子柔道の谷亮子に期待である。結婚して子供を産んでなお現役であり、『手抜きをしない』が彼女の言葉、そして笑顔が良い。テレビ画面は、北京オリンピックで一色になるのだろうが、赤、黄色の原色パネルに覆われたお笑いよりもずっと良い。

表参道②

 

 

 

 

 

 

 

 

田舎の中学時代の同窓会が、オリンピックイヤーに開かれる。毎回、4ブロックに別れて担当幹事が開催担当をする。内容もその時の幹事に一任されている。今月、15日参加予定である。「思えば遠くへ来たもんだ。」であろうか。


残暑お見舞い申し上げます。

2008年8月9日23:03:21

本日、朝6時半から10KMやっぱりゆっくりとであるがランニングできた。昨夜の体重計は、61kgを記録していた。走った後に汗びしょびしょでトイレに入って、1時間ラジオを聴きながらぬるい風呂に浸かり、ゆっくりとリラックスできた。体重計は、59,5kgを示しておりニヤッとする。 向日葵

 

 

 

 

 

 

 

昨夜は、高田馬場まずい魚『青柳』でのランニングクラブの暑気払いに参加する。青柳高田馬場駅下車、さかえ通りのサンクスを左折する路地で、駅から3分程の至近である。慣れると雰囲気の異常さが心地よい。ここの店に誘ってくれるKさんが馴染みでここの主人との遣り取りが強烈である。一年程前にこの店が夕刊フジに紹介されていたが、この記事もユニークであった。鈍足である私を誘って頂くのが何よりである。

 

夏です。

 

 

 

 

 

 

 

 

北京オリンピック開会式は、映画監督チャン・イーモウ氏の演出であったことが、朝刊に載っていた。先日、リハビリ入院中のKさんから紹介された。開会式中継は、入場行進で数カ国そして、主催国の中国を観たが、読書をしながらしかも数分の間に気持ちよく眠ってしまった。ラジオを聴きながらのランニングで随分時間が長かったことをしきりに強調していた。競技での日本選手に期待したい、そして、何よりも明るい話題が欲しいものである。

 

 

7日は立秋であった。残暑お見舞い申し上げます。昨日の都内も猛暑であったが、走る時間を積上げねばならない。ランニングは、練習の積み重ねが何よりも証明される。


まあ、テレビは、観なければ良いんだから、・・・・。

2008年8月10日17:00:00

取り敢えず走り出す。今朝、六時の目覚まし時計のセットは、やっと、6時50分にスタートできた。気が付くと、いろんなことの行動力に欠けている。ダラダラが大嫌いであることが判っているはずなのにである。もう一度、走ることをベースに時間の有効的活用である。 今日、百日紅

 

 

 

 

 

 

 

昨日は午後、Aさんの誘いから、豊島園近くの自宅を訪ねる。公立小学校で教職にある奥様との会話が目的であった。日々いろんな方との会話の中で、家庭、伴侶の方々に興味を抱くことは、皆無に近い。何故かAさんの奥様とは機会があったらとの思いがあっての昨日の午後であった。有意義な時間を過ごすことができた感謝である。

与野公園

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、テレビが詰まらない。北京オリンピックのテレビ放映が詰まらない。まあ、テレビは、観なければ良いんだから、・・・・。  明日から、またギアチェンジである。

 

 

公園の緑は、

 

 

 

 

 

 


今日も、辛い日々を過ごす。

2008年8月11日23:48:00

 Nさんの勤務する会社から、事務所移転そして、役員変更の挨拶状を頂戴する。横浜から人形町へ移転する。近くなった為、コミュニケーションが取り易くなった。9日から17日までの夏季休暇も記載されていた。世の中は、水曜日辺りから盆休みとなる。緑化樹木

 

 

 

 

 

 

 

「会話」が難しい、そして、仕事上の打ち合せが難しい。前を向いて具体的な対応を考慮したら、具体的な項目が列挙されて、論点は明確化されると思うものの、結果的に難しい。其々の「ものさし」が余りに相違しているようである。夫婦の間でも、同じように「会話」が難しい。 今日も、百日紅

 

 

 

 

 

 

 

小学校の時は算数で、それ以降は、数学がそして、力学と電気が好きであった。それから、文系で、勤務先も金融機関であった。きっちりと過去を分析して、現在を把握し見通しをつける。意思決定条件を「5W2Hの定義」に定める使用法が、あった。難しい命題は、そんなに多くないはずである。今日も、辛い日々を過ごす。

百日紅、その花


駆け足しながら、過ぎ去って行った。

2008年8月12日23:42:06

日航ジャンボ機が御巣鷹の峰に墜落して23年が経過する。江東区南砂町の新居マンションへの引っ越し作業中の車のラジオでの情報が最初であった。それから、阪神大震災の年に引っ越しするまで住んでいた。結婚して25年が去年の10月であった。長男は21歳である。何と無くいつも、駆け足しながら、過ぎ去って行った。 神田須田町

 

 

 

 

 

 

 

ほとんど毎日であるが、上野駅中央改札口を通る。今日は、お盆のふるさとへの帰省でいつもの雰囲気とはだいぶ違っている。私は15日の夕方に中学時代の同窓会である。 須田町①

 

 

 

 

 

 

 

結局、昨日はダラダラと事務所で時間を費やしてしまう。戸締まりをしたのは、10時半過ぎとなった。まあ、やるべきことがあるからである。走らねばと思いつつ、土、日曜日の思考回路は、何処に行ってしまったのやらである。友人から、月刊誌「ランナーズ」を観たとの、メールを戴いた。また、少し鞭を打たねばである。 神田須田町②

 

 

 

 

 

 

 

今日は、浅草駅七時の地下鉄で帰路に着く。家に帰って10キロ走ろうとキュッと思いつく。吾妻橋の浅草側の岸辺にたくさん人垣があった盆送りの行事であった。夏の風物詩である。素朴なもの今の世の中に欠けているひとつがここにあったようである。浅草寺の境内で、ほおずき市は先月であった。灯りに照らされたほおずきのオレンジ色と緑色の葉のコントラストが今も脳裏に鮮烈に蘇る。今日も体験すれば良かったと少し心残りであるが、今日は走らねばである。そして、家に帰って、直ぐに着替えて走った。いろんなことを考えながら、そういつもよりゆっくりとであった。

 

 

 

 

 

 

 

 


「光」と「影」が、くっきりと、

2008年8月13日23:52:00

ベランダの花々は、元気である。特に葉鶏頭の成長は目覚しい。夏の暑さに頑張っている。そして、私はと言うと残念ながら負けている。火曜日の夜、走れただけでメリハリができない。まあ、今晩も有意義な時間を経験できたが、そして、W社長の前を見据えた寛大な姿勢には敬服する。 

緑色の

 

 

 

 

 

 

 

北京オリンピックが、毎日の報道でその明暗がひとコマひとコマ表現されているが、開会式の評価にやり過ぎな事柄が批判されている。「光」と「影」が、くっきりと、また嫌らしく表現されている。テレビ画面に向かう時間が、少ないんで丁度良い加減かもしれない。 

ランタナ

 

 

 

 

 

 

 

日本と北朝鮮との外務省実務者レベルの公式協議が開かれているが、前から感じていることであるが、拉致被害者の調査そして、早期全面解決に向ける姿勢が異常に変である。中国に対しても、同様である。NHKの大河ドラマ『篤姫』でも、開国、条約締結場面があるが、省庁レベルの交渉ごとが劣っていて、進歩してないと考えることは間違いではない。 

葉鶏頭 ②


時には、安堵感が欲しい。

2008年8月14日23:54:00

時には、安堵感が欲しいものである。実況ライブで北島康介男子200M平泳ぎの表彰式を観た。君が代を口ずさむ表情の安堵感に共感した。「この舞台を夢見て、頑張ってきた。」いい言葉である。私は、今回の北京オリンピックで出場を断念することになってしまったが、「走った距離は、裏切らない。」この野口みずきの言葉が、信じて、信じての断念であり、明暗である。雑誌ポスター 

 

 

 

 

 

 

 

銀座線溜池から渋谷の車内の中刷り広告である。前出版社の社長Aさんとの帰り道で話題となる。やっぱり、業暦から車内での視線も違っている。指摘されないと留まらないポスターであった。コピーは、なかなかと感心させられる。毎年、この時期に掲示されるポスターのようである。雑誌ポスター

 

 

 

 

 

 

 

明日からの週末の予定がハッキリと決められない。土曜日の10時打ち合せに参加が決まらない。まあ、参加であろうが、気がすすまない。ポスター


中学時代の同窓会に参加した。

[ テーマ: 節目の時に、 ]

2008年8月15日23:56:00

本日は、オリンピックイヤーに開催する中学時代の同窓会に参加した。英語で1年の時の担任だったI先生、美術のK先生そして、3年の時担任、SK子先生と、三人の先生方とお会い出来たことは、何よりの同窓会であった。SK子先生とは、中学を卒業して以来の面談で、63歳になられたとのことである。明日、10時からの打ち合わせ会が予定であった為、二次会への参加は残念ながらとなった。

 

同窓会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

35年振りに会った友達も数人いたりと、懐かしく楽しいひと時を過ごした。YK君は、仕事の関係で長期海外生活とのこと、今は、中国深圳で勤務とのことである。三人の先生方のコメントそして、友達ひとりひとりのコメントもまた、なるほどとおおいに関心させられた。そして、55歳を間も無く迎えて次に会う時は、60歳を迎える手前となる。そんなスナップが残った。

 


岩殿山

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろ髪を引かれながら、ひとり帰ることも有りかなと思いつつ、帰りの電車は、ひとりブログを綴った。Nんちゃん、幹事ご苦労さんそして、先生方お元気でまた、皆も体に留意してまた逢いましょう。

 


そして、雨宿りができなかった。そんな、一日であった。

2008年8月16日23:56:00

 三時半過ぎ、最寄駅に降り立って十メートル程歩いたところで、雨がポツポツと降ってきた。傘を開く。左手に本屋がある。そのうちに雨足は酷くなる。携帯用のサイズの小さな折り畳み傘である。あと7、8分は雨に晒されねばならない状況であった。多分、早くこのビショビショになる状態から開放されたいから前に進んだのであろう。さいたま新都心

 

 

 

 

 

 

 

十分前に降り立っていたら、雨に遭遇することはなかった。結果的には、ずぶ濡れの帰宅となった。途中、本屋が左手にある。気が向くとよく帰り道に立寄る本屋である。まあ、2、30分程度はいつも費やす本屋である。CD、VVDも揃っている。時間を費やすのに充分な場所である。 

木漏れ日

 

 

 

 

 

 

 

待ち合わせに書店を利用することは、昔から度々経験している。喫茶店で待ち合わせよりも随分合理的である。新宿駅は、西口は小田急デパートの12階、東口は紀伊国屋書店と決めている。恵比寿駅は、駅ビルの三階、御徒町駅は、地下鉄を上がったところである。八重洲ブックセンター、新宿高島屋の隣の紀伊国屋書店のように駅から離れている書店での待ち合わせ利用はほとんどない。 

木漏れ日

 

 

 

 

 

 

 

そう、前しか見なかった、昨日の行動についての反省である。ふと、立ち止まって判断することの大切さである。昨日の雨は辛かった。そして、雨宿りができなかった。そんな、一日であった。


「雨」が、教えてくれた昨日、そして今日

2008年8月17日22:43:00

北京オリンピックの女子マラソンのゴールを少しだけ観とどけて、先ずは東京駅で待ち合わせであった。兄家族の関係から、銚子までお通夜の半日であった。仕事上の情報収集もあって、お通夜に参列するも、昨日の夕立と同様に着いた銚子駅は、大雨で市内を散策どころではなかった。まあ、きちんとお悔やみができたことで良かった。余計な目的を抱くことは邪道である。こんな考え方は、持ってはいけないと新たに納得した次第である。純粋にお悔やみすることの大切さを感じながらのひとり帰り道であった。甲斐の山々

 

 

 

 

 

 

 

「雨」が、教えてくれた昨日、そして今日の出来事は、ほんの小さなこと、でも大切なことである。特に昨日の雨は、多分7、8分間であるが、傘はあってもずぶ濡れの姿を考えたら、やはり寂しさを覚える。甲斐の山々②

 

 

 

 

 

 

 

家に帰り着いたのは10時前であった。NHK・BSⅡで『阿久悠の世界』を聴きながら、河島英吾の『時代遅れ』目立たぬように、はしゃがぬように、似合わぬことは無理をせず。人の心を見つめ続ける~時代遅れの男になりたい。最後の素晴らしい10分間であった。そして、こんなこともブログを更新しているから、思い記されることで、この頃時々ブログの効用も感じつつである。そして、このブログもレベルアップをである。 そうやっぱり、また、ひとつ、ひとつである。


時代遅れの男になりたい

2008年8月18日23:10:00

時代おくれ
作詞:阿久 悠 作曲:森田公一
向日葵①

 

 

 

 

 

 

 

 

一日二杯の酒を飲み
さかなは特にこだわらず
マイクが来たなら 微笑んで
十八番を一つ歌うだけ

妻には涙を見せないで
子供に愚痴をきかせずに
男の嘆きは ほろ酔いで
酒場の隅に置いて行く

 目立たぬように はしゃがぬように
 似合わぬことは無理をせず
 人の心を見つめつづける
 時代遅れの男になりたい

 

 

 向日葵② 

 

 

 

 

 

 

 

不器用だけれどしらけずに
純粋だけど 野暮じゃなく
上手なお酒を飲みながら
一年一度酔っぱらう  

 昔の友には やさしくて
変わらぬ友と信じ込み
あれこれ仕事もあるくせに
自分のことは後にする 向日葵③ 

 

 

 

 

 

 

 

 

ねたまぬように あせらぬように
飾った世界に流されず
好きな誰かを思いつづける
時代遅れの男になりたい


酷い混雑である。その中でも,

2008年8月19日23:25:00

今朝の通勤電車が、酷い混雑である。その中でも、爽やか感のある朝の通勤読書する方を見つける。すぐ、左前のサラリーマンであろう若い男性の読んでいる本のタイトルは不明だが、「第八章 歌舞伎役者と芸の伝承 」と記されている。こんな世界の読書を朝の通勤時間に可能としている。何と羨ましい姿かとつい自然に覗き込んでしまった。私はと言うと、昨日の社内での理不尽な対応に関して、その正当性を頭の中で整理する。レベルの低い話題である。相手の方がもっと低いレベルの対応であることを考えると寂しい限りである。大局的な見地に立って考えると論外である。いろんな方々が、いろんな考え方そして主張をするんで面白いが、手続き処理が遅延することは如何なものか。 もう一度、ひとり仕事術を再考せねばである。向日葵①

 

 

 

 

 

 

 

 

何故か、4月に経験した有意義なボルダー・デンバーの研修旅行のサイトである。覗いて頂けたら幸いである。 こんな体験をしながら、また今年の夏も酷暑となった。

http://www.lohasclub.org/boulder/boulder_5/boulder5.html

四ツ谷外堀

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、九時半からの浅草・田原町での研修前に40分間のティータイムを過ごす。頭の整理等で、有意義な時間を費やすことができた。研修中、携帯に数件の電話が入る。本来は研修中での受電に対応はしないが、重要かつ大切な方々からの連絡であったために都度離席して対応した。そして研修終了間際に、タイミングよく昨日からの連絡で新宿へ、友人との会話がまた、ウェットで心の通った会話となり気分を和ませてくれる。 まあ、今日はタイミング良く電車での移動時間の中身も充実であった。そして、昨日の向日葵が、余りに印象的だったんで、また今日も、そして夕方六番町へ土手に登って少しだけ遠回りする。 満足感は微塵にない、ただ空虚な気持ちにさせられる今日この頃は辛いものである。

 


明日の朝は、やっぱり走ります。

2008年8月20日23:52:00

明日の朝は、やっぱり走ります。今月の長距離練習の不足を心配してくれる友人がいる。どんなに何があったとしても、もう少し自分自身の日々時間設定は維持していかねばならない。野口みずきの言った「走った距離は裏切らない。」は、ランニングの基本的要因と信じます。ラストサマー

 

 

 

 

 

 

 

北京オリンピックのテレビ画面での観戦は、皆無となってしまっているが、ニュースの数分で、女子ソフトボールの最後の頑張りに期待したい。アメリカとの壁が打ち破れないが、何とか頑張って欲しいものである。そして、もうひとつ、競技で燃焼した選手に対して、これからどうする等、引退についてのインタビューするようなデリカシーの無い問い方が目立っている。「ゆっくり、休んで下さい。お疲れ様でした。」で良いんじゃあないかと考える。夏の終わりに、

 

 

 

 

 

 

 

「今日までそして明日から」作詞:吉田拓郎

私は 今日まで 生きてみました
時には誰かの 力を借りて
時には誰かに しがみついて
私は 今日まで 生きてみました
そして 今 私は思っています
明日からも こうして 生きて行くだろうと

 


風は、爽やかであった。そして、

2008年8月21日23:54:00

 やるせない思いになる。毎日の日課である、ベランダの水遣りは、そんな鬱陶しい気持ちを時には払拭してくれる。緑色のそして、生きている植物は、こうして話しかけてくれる。ベランダ② 

 

 

 

 

 

 

 

恵比寿の駅ビル「アトレ」で昼食兼打ち合せである。それから、吾妻橋の事務所経由で、本日は、夕方早い時間に国立競技場のトレーニングセンターへ今月の初日である。12キロの道のりをデジカメ持参でゆっくりとランニングである。皇居の桜田門でシャッターをきる。こんなところでの行為は考えられない。 

ベランダ

 

 

 

 

 

 

 

が、時にはこんなこともあってもである。ゆっくりと1時間20分のランニングであった。赤坂見附のデジタル表示は32度を表示していたが、風は、爽やかであった。そして、こんな時間をもっととらねばである。

 

桜田門


金曜日、本日は成田へ

2008年8月22日23:56:00

 本日は、成田ラボへひとりで打ち合せとなった。私自身の目で、私自身の時間で打ち合せが必要であると判断からである。今の仕事について私自身で判断することで、優先順位は何なのかがあったからであった。国立古文書有意義であった。

 

 

 

 

 

 

 

北京オリンピックの男子400㍍リレー決勝で銅メダル獲得に感激する。素晴らしい一言に尽きる。それぞれのオリンピックである。そう、それぞれのオリンピックなんです。そして、私を含めて、テレビ実況中継を観戦している人が大半である。プラス志向があるのみである。

皇居

 

 

 

 

 

 

 

来週の仕事の優先順位が大切である。プロの仕事人である。プロの仕事人がやるべきことである。ひとつ、ひとつである。

桜田門遠景

 

 


「多摩丘陵長距離練習会」に参加する。

2008年8月23日23:54:00

  今日、土曜日は多摩丘陵長距離練習会に参加する。京王線の多摩センター駅に10時集合して、駅の近くには多摩中央公園が隣接して中央に多摩パルテノンの建物が聳えている。ここをスタートして、東京国際ゴルフ倶楽部のコースを通って、小山田緑地公園への道のりを25KMのコースは、変化に富んでいてアップダウンも充分であった。こんな、ステージが

 

 

 

 

 

 

 

今月も、走り込んでおらず後半は辛い走りとなった。こう言ったイベント参加で最初から最後まで気持ち良く走ることが何よりであるが、日々の鍛錬不足が明白である。走った後は、駅近くのクアハウス「極楽湯」で汗を流しての懇親会であった。毎週日曜日に、別な走友会が主催する練習会の誘いもあった。多摩センター駅集合の今回の練習会は、有意義なイベント参加であった。 迎えるシーズンに向けて起爆剤としたい。

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、六本木のライブハウスで以前からのAさんの誘いがあって参加する。大手ゼネコン勤務のNさんには、「ブラボー!。凄い」と感嘆であった。仕事振りも同様であろうと同年代の輝いた姿がまた刺激となった。

 

 それから、Aさんとミーティングであった。

また、熱唱

 

 


週末の雨で、めっきり涼しくなった。

2008年8月24日23:56:00

 北京オリンピックが閉幕した。閉会式の実況中継をテレビ観戦した。先週の日曜日は、女子マラソンを10時頃まで観たが、それ以外にじっくりと観戦する機会は無かった。星野ジャパン野球の敗北をスポーツニュースの中であるが、監督のしゃべりすぎ、目立ちすぎを感じた。そして、箇所箇所でいろんなオリンピックの感動を感じながらであった。 神宮外苑

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、日本の国の季節感は素晴らしい。この週末の雨で、めっきり涼しくなった。そして、暑さで乾き切った大地に潤いを与えている。これから、一日、一日と秋が深まってくる。昼間のせみの声が、夜のコオロギの音に変わっていく。潤いのある日常が日々の暮らしにあったらと願う。

皇居

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、私自身も少しだけ変化させねばである。もう少し、もう少しである。あと、7ヶ日間で今月も終わって9月を迎える。やっぱり、ひとつ、ひとつである。

竹橋


もう良いのではと、チャンネルを変えた。

2008年8月25日23:48:00

 朝からの秋雨は夜まで続いた。先週の木曜日まで続いた暑さは何処へやらの涼しい一日であった。そして、新聞報道朝刊の社説もコラムも北京オリンピック閉幕の話題で一色であった。ベランダ⑤

 

 

 

 

 

 

 

その中で、朝日新聞のコラム天声人語は、「ともあれ五輪は成功裏に幕を閉じた。17日間にわたった「お客さん用」の化粧を落として、中国は宴(うたげ)のあとの日常に戻る。化粧を落とした新たな表情は、大国としての自信を深めていることだろう。その「自信」の先行きに、隣人として目を凝らしたい。 」と記している。 

ベランダ⑥

 

 

 

 

 

 

 

11時からの日テレニュースZEROに星野監督が出演する。もう良いのではと、チャンネルを変えた。その前に、テレビ東京の番組『カンブリア宮殿』を途中から観たが、その中での本日の出演者アドバンスト・マテリアル・ジャパンの中村社長の発言が新鮮に感じられた。多分、これも余り観なくても、オリンピック一色のテレビ番組だったことの感想となった。

ベランダ⑧


『 誰もいない海』 歌:トワ・エ・モア

2008年8月26日08:15:00

 『 誰もいない海』 歌:トワ・エ・モア

山口洋子 作詞
内藤法美 作曲 八ヶ岳

 

 

 

 

 

 

 

今はもう秋 誰もいない海
知らん顔して人がゆきすぎても
わたしは忘れない
海に約束したから
つらくても つらくても
死にはしないと

 

今はもう秋 誰もいない海
たったひとつの 夢が破れても
わたしは忘れない
砂に約束したから
淋しくても 淋しくても
死にはしないとニッコウキスゲ

 

 

 

 

 

 

 

今はもう秋 誰もいない海
いとしい面影 帰らなくても
わたしは忘れない
空に約束したから
ひとりでも ひとりでも
死にはしないと

 

ひとりでも ひとりでも
死にはしないと 

ニッコウキスゲ


『ひまわり』にも、中川一政そして、ソフィア・ローレンも

2008年8月27日16:58:00

北京オリンピック開催での人工的な天候操作は、日本の国土に多くの影響をもたらしている様子である。昨夜の友人Mさんとの時々ある、『ふたりだけの新宿生ビール&魚料理なし懇親会』でのなるほどと感心させられた話題であった。向日葵①

 

 

 

 

 

 

 

降水を促進するヨウ化銀を積載したロケット弾を大量に打ち上げて、雨雲を北京近郊に到達する前に消滅させた。これにより乾燥した大気が東シナ海に流れ込み積乱雲を発生させ、日本全域に雷を伴う集中豪雨をもたらしたとのことであった。今年、台風の発生が少ないのも、中国の天候操作の影響であろうか。 山の中、向日葵

 

 

 

 

 

 

 

今年の夏は、随分いろんな角度から「ひまわり」を撮影した。そして、「ひまわり」にまつわる憧憬もまた新たとなった。中川一政画伯の「向日葵」をも思い起こさせた。近々、伊豆真鶴町の中川一政美術館に行ってみたい思いにもさせた。ソフィア・ローレンの映画「ひまわり」もまた、あらたに観ることができた。このブログの効用であった。ひまわり

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝の朝日新聞の天声人語が面白かった。インスタントラーメンの話題であった。『美食家の北大路魯山人は、料理哲学を様々な言葉で残した。〈どうしても料理を美味(おい)しくつくれない人種がある。その名を不精者(ぶしょうもの)という〉。魯山人が没する前年、この信念に挑むかのような商品が世に出る。熱湯だけで出来上がる「チキンラーメン」だ。日清食品が世界初の即席めんを売り出して、おとといで丸50年になった。腹ぺこを3分で片づけるインスタント技術に、器いらずのカップ型も加わり、食の風景は一変した。学生時代、仕送りの谷間を、チキンではなかったが即席めんが埋めてくれた。湯を切っためんに中濃ソースを絡めて焼きそば風にし、粉末スープは別に食す。妙な一汁一菜はしみじみうまかったけれど、袋にプリントされた「盛りつけ例」がまぶしかった。貧乏学生がすがった即席めんは今、緊急援助に欠かせぬ品となった。』と、であった。 

 


『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書』  中公新書

2008年8月28日19:29:00

昨日は、京橋で異業種交流会の納涼会に参加する。30数名の参加者で、いつも活気のある前を向いた会である。帰り道は、入会当初から親しくして頂いている会の重鎮であるMさんと銀座線京橋駅から上野経由赤羽駅までの有意義な車中での会話であった。この9月末で創業会社のすべてから、退かれるとのことである。浅草 散歩

 
Mさんとは歴史の話題で盛り上がり、戊辰戦争の話題から、『ある明治人の記録-会津人柴五郎の遺書』 石光真人編集 中公新書 を興味深いからと紹介頂く。9月26日には、会の行事で『わが人生、わが経営』を講演される楽しみである。
納涼会での多くの話題の中で、社会保険労務士Kさんの『カラスの生態』については、驚かされた。カラスは曜日感覚があること、カラスは人間社会から見られていることを充分に理解して行動している。等と興味深い話題であった。池波正太郎生誕の地
 
午後、吾妻橋の事務所から田原町に自転車で行く。帰り道はまた、少しだけ遠回りする。桜橋を渡るために待乳山聖天公園に池波正太郎の生誕記念碑を見つける。良い風景の場所であった。桜橋を渡った川岸にコスモスが咲いていた。秋の風景であり、川面をわたる風は爽やかであった。 

隅田川川岸


週明けは、9月である。

2008年8月29日23:46:00

『 ノホホンと生きる。ノー天気に生きる。』 こんな人になりたい。理想の人物像である。青空が、

 

 

 

 

 

 

 

ボーっと、したい時がある。2時過ぎ、報告書類を高輪2丁目に届けてから、地下鉄赤羽橋から飯倉交差点の事務所へ、今日は一日雨であったはずであったが、晴天の雲は秋の気配である。坂を登ると、機動隊のバスが常駐している。ロシア大使館である。 

ロシア大使館

 

 

 

 

 

 

 

 

パッとしない時がある。打ち合せとデスクワークをして、その後は、パッとして、緊張感のある時間を過ごす。夕方からW社長ご夫妻と巣鴨で歓談となる。美味しい魚をご馳走となる。そして、有意義な会話に緊張感がピーンと張る。

飯倉交差点

 

 

 

 

 

 

 

本日は、実質月末であった。週明けは、9月である。また、ひとつ、ひとつである。


土曜日の打ち合わせが、定着しつつとなった。

2008年8月30日23:46:00

土曜日の打ち合わせが、定例的に成りつつある。土曜日の午前中のジョギングができなくて残念である。ジョギングするようになったのが、15年程前に幼稚園に子供達が通うようになったからであった。江東区南砂町のマンションの周辺には、いろいろコースが設定できた。疲れた①

 

 

 

 

 

 

 

 

明治通りを新木場方向へ夢の島の公園を経由して、若州リンクスのゴルフコースがサイクリングロードになっていて、そこを一周して帰って来る。爽快な海風を感じながら走ったのは、少なかった記憶であるが、時々の爽快感は最高であった。羽田空港へ着陸体制に入るジャンボ機を観に行くようになるのは、それから数年先の日曜日であったようであった。これは、長男が自転車に乗れるようになってからであった。まだ、豊洲、お台場が殺伐としていた頃の方面にも自転車で出掛けた。夏の花

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、本日は、打ち合せの帰り道に国立競技場のトレーニングセンターに行った。神宮外苑をランニングすることができた。そう、また、ひとつ、ひとつである。


『夢に日付を』そして、日々は、計画的にである。

2008年8月31日20:59:00

朝7時30分京王線新宿駅最後尾特急高尾山口行きに集合であった。高尾山口駅から陣馬山までトレッキングであった。今年が最後となった東京国際女子マラソンに連続参加されているSさんと一緒である。私より随分高齢であっても、その走りはどんな場合でも叶わない。人柄は穏やかでその会話も柔らかいが、一度走り出したら全く叶わないのである。往路の陣馬山の山頂でのコップ一杯のビールの喉越しは、最高であった。野菊

 

 

 

 

 

 

草花が、随分咲いていたようであるが、駅到着まで携帯したデジカメは、とても持っての走りとは成らなかった。ゆっくりと陣馬山まで歩いたら、多くの草花の可憐さと出会ったであろうが、今回の目的はしっかり走って遅れずにであった。高尾山の草花

 

 

 

 

 

 

 

そう、そんな状況下であっても、野菊を見つけ、アザミを見つけた。たくさんのハイカーとも行き交った。そう、いつかゆっくりリュックを背にしてと思いつつである。11月30日に河口湖マラソン参加予定である。3回目のフルマラソンとなる。目標設定は3時間50分以内である。そして、あと91日となった。そして、今日のブログは265回目の更新となった。次回は、9月30日にまた練習会である。O社に勤務するWさんのスケジュールに併せてである。その時には、もっと良いペースで走れるようにである。『夢に日付を』そして、日々は、計画的にである。ひとつ、ひとつである。